透明で彩る | ナノ

 
 
「丸井君」
「んあ?あー、どーも」
「おはよう」


俺の出番直前、誰かに名前を呼ばれて振り返れば、倉敷がいた。にっこりと笑って、立っている。この前みたいにどもったりはしないみたいだ。なんつーか、余裕?勝てるって確信してる時の仁王みたいなそんな雰囲気を感じさせる笑みは背徳的だと感じさせた。最近柳に聞いた言葉だった。あ、赤也はいないんだ。さっき倉敷を探しに行ったのに、見つけられなかったのかな。今戻ってきたりしたらまじ修羅場。

「今からだよね?試合」
「あ?あぁうん」
「私、応援しててもいいかな?」

小首を傾げて、本当に可愛いなあと再度思った。
けど、言ってることが不思議だった。雨月に応援してもらえねえんだもん、他っていらなくね。なんて思って、ほんのすこし悲しくなった。わかってて言っているのではないだろうかと、そんなの確実に、俺の気のせいだけど。なんでそんなこと聞くんだろう。俺は倉敷に応援してもらってもいいのだろうか。雨月以外要らないと、そう感じたばかりなのに、応援シクヨロなんていつものような調子のいいことは言えない気がした。

「……ハハッ、許可取る必要ねーだろ、それ」
「そっか。じゃ、勝ってね」
「当たり前だろぃ」
「あのね、クッキー作ってきたの」
「えっまじ?」

勝ったら、あげるね。取りに来て。
クッキーか、最近作ってないな。弟達は俺の作るクッキーやケーキがお店で買うものより美味しいなんて嬉しいこと言ってくれてるわけだし、そろそろ作ってやるかなぁ。

可愛い顔して、挑むように。
なんか前より気が強いというか、なんか寧ろ可愛くなったというか。そろそろ自分の脳内が意味分かんなくなってきた。けど、クッキーほしいし、別にもらったのなんて売るほどあるけど、俺の為に作って来てくれてるとか可愛いじゃん。つーか倉敷料理上手そう。手当たり次第に丁寧なラッピングを施した袋を配って回るファンの奴はいっぱいいるけど、俺だけの為に作ってもらうお菓子って、実はあんまりない。俺で言うなら仁王と俺にとか、幸村くんと俺にとか、赤也と俺にとか、優柔不断なファンは恋する乙女とは少し違うから、そういうのって結構多い。

「ぜってー取りに来てやっから!」

ちゃんと見とけよ、そう残して、コートに向かって走った。


最後の一瞬、ふと微笑んだ倉敷は少し悲しそうに見えるくらい綺麗で、。

倉敷のこと、残酷だとか、言ったけど、俺もだ。
決めたのにな、思わせぶりな事はしないでやった方が良いって、知ってんだけどな。たぶんきっと、寂しさを埋めたかったから。ああ俺、寂しいんだ。だっせえなあ。雨月以外の応援なんていらないって思ってたくせに、俺ってば、ずるいなあ。



僕の背中を見つめて、少し悲しげに笑う君が、容易に想像できてさ。
 

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