透明で彩る | ナノ

 
 
車が絶えず走る国道で、俺達の乗るバスは一際目立っている。
ATOBEとでかでかとハデな金色の筆記体で書いてあるこのバスに乗るのも、今ではもう慣れてしまって何も感じなくなっていた。そもそも、恥ずかしいと感じていた人間なんて俺と日吉くらいだったけど。今から試合だと言う割には、結構自由な空気がある。これももう試合慣れしているからだろうか。ボーっとし出してもう何十分もたっていた。もう30分もあれば目的地である立海につくはずだ。練習試合の相手は、昨年の全国優勝校。"常勝"。そんなバカでかい錘を物ともしない奴らしかいない強豪校。初めて対戦するわけじゃないが、緊張していないと言えばそれはウソになるだろう。

あぁあ、もうさぁ。ムシャクシャした声音にハッとして、すかさず伸ばした腕の先には派手なワインレッドのオカッパ頭があった。

「おまえらさ、なんでそんなに」

驚きに大きく見開かれた瞳が、少しして瞬きと共に落ち着きを取り戻す。
「おまえら」と称されたのは跡部と忍足。「そんなに」の後には間があるんだよ、とか、どっかそこらへんだと思う。そこに触れてはいけないというのは俺がつい2日前に注意したばかりなのに。

「あ、そうだった」
「たっく…」

わりぃわりぃ!

寝ている跡部と音楽を聞きながら本読みに耽っている忍足が岳人の声に気付かなかったからよかったものの。聞こえていた場合と言うのは考えたくない。どうせ二人とも秘密主義だし、俺が知っている僅かなこと以上のことは何ひとつだって教えてくれやしないだろう。それにどう考えたっていい話じゃないことは確実だ。
ずっとまるでお互いがお互いを赤の他人のように扱っていたから珍しくケンカかと思えばいきなり今にも殴り合いそうな雰囲気で睨みあう。二日間もこの空気が続くものだから俺達はもう参っていた。部活が部活にならないのだから、今日の試合だって危うい。そんなことで勝ち負けが左右されるような適当なテニスをしているつもりはないが、二人を筆頭に部員全員がほんの少しイラついている気がしていた。

「一昨日からずっとああですよね…。何があったんですか?」
「クソクソ、侑士の奴、練習中もずっとピリピリしててよ!」

長太郎が尋ねてきて、岳人もそれに便乗して俺に迫ってくる。んなこと訊かれて言えるかよ、と呟けばじゃあ知ってるんですね。長太郎が目を光らせた。なんか、俺ってつくづく嫌な立ち回りな気がして。

「あぁああうぜえ!女のことだとよ、はい終わり!」

小声ではあるが勢いと煩わしさからそう言う。長太郎や岳人が、これだけで深読みできるとは思えなかった。怪訝そうに眉根を顰めた二人の視線から逃れるように窓の外を見たが、高速道路で行きかう無数の車しか見られなかった。

「…はああ?女ぁ?」
「なんだかドロドロしてそうですね…なんと言ってもあの二人ですし」
「『花子がいつからテメェのものになったってんだ?アーン?』みてーな!」
「微妙に似てる気がするのでやめてください向日先輩」
「うるせえ俺は寝る!」

両手をブンブンと乱暴に振り回し二人を追い払って、俺は目を瞑った。眠たかった訳じゃなかったが、寝るといったからには少しくらい寝た振りをしていようと思った。まだ少し納得しがたそうな岳人の呻り声が聞こえる。
罪悪感よりは何で俺がこんな面倒な目に遭っているんだという疑問の方が大きかった。俺だって、これ以外は何も知らない。俺やみんなが想像するより、本人達が想像するより更にもっとずっと、難しいことなんだと思う。それは俺が思っているより俺はバカだとか弱いだとか、そういうのときっと一緒で。だから気付いた。ただそれだけだった。



これだから思春期ってやつは難しい

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