透明で彩る | ナノ

 
 
英語の羅列は何かの呪文にしか見えない。この意味不明な文字たちに意味が含まれているなんて考えられなかった。
俺は日本人なのだから、英語なんて喋れなくたっていいと思う。けれど、いつか俺は世界へ羽ばたくテニスプレイヤーになるのだ。それなら英語はやっておいたら、なんだか無理矢理というか、都合のいい母親の言うことに納得していたのは小学校6年生の頃だったはずだ。
今は納得以前にわからないのだから仕方がないと思う。今だって先生に言われて、俺は学年でただ一人しか受けない英語の補修で頭を悩ませている。英語なんてなけりゃ今頃俺は部活で大活躍してたというのに。しょうもない文句ばかり言っていても目の前のプリントの量は変わらない。

でもそれでも、少しだけ俺に補修を言いつけながらも会議だとかでプリントの束だけ置いていった先生に感謝しなくてはならないこともある。


ここからだとテニスコートがよく見えるのだという。
窓の外を眺める都先輩はジャマはしないからと笑ったけれど、わからないというのが7割方の理由と言うならば、残り3割は集中できないから。
彼女のせいで俺のプリントが殆ど白いままなのは確かだった。

俺がここで補修を受けるのは珍しくないことだった。
先輩はそれよりもずっと前からここでテニスコートを眺めていたらしい。先生もそれは知っていて、最初他に行ってもらおうとしたのだけど先輩は譲らず。結局は先生が折れてしまったのは彼女の頭がよかったからまぁいいだろうとかいう理由なのだろうか。
実際に俺はしょっちゅう文法だとか発音の決まりだとかを教わっていた。彼女は教え方もうまかった。

「……ねぇ先輩、ここわかんねんすけど」

俺は訊ねる。わからないところだらけな英語も、先輩に教えてもらったところはなんとか、なんとなくわかるようになっていく。けれどそんなのは俺にとって二次効果でしかない。目線の先の先輩の、その視線の先には俺が映ることはないけれど。

「んー。ちょっと他の問題ときながら待っててくれる?」

そうやって彼女はまた丸井先輩ばかりを見ている。

知っていた。俺は先輩と知り合うずっと前から、綺麗な人だなぁと思いながら丸井先輩の隣でよく彼女を見ていたのだ。話してみると優しくてかわいらしい人で、ほんの少し面倒臭いことで泣いたりする人だった。そんな彼女を見てる内に、それが恋愛感情に変って行った時、それを自覚するのは簡単だった。彼女が丸井先輩を見ていることも、知っていた。


見つめる先の丸井先輩が羨ましい。こんなに都先輩に見てもらえて。愛されて。
それなのに、都先輩の方なんて全く見向きもしない丸井先輩が少し憎かったりもした。
嫉妬だ、一方通行なうえに嫉妬とか、俺ってどんだけ格好悪いのだろう。くそ、小さく悪態づいてもその事実は変わらなかった。


俺は知っている。丸井先輩の気持ちを。丸井先輩の想い人を。
丸井先輩とは仲が良い。1年の頃から良く構ってもらってたから当然と言えば当然なのだけど。

都先輩は聞いてこない。
丸井君って、誰が好きなのかな。そう聞いてくれないのは、それは俺のためにではなく、自分のために、自分のために。
聞いてください、訊ねてください。いつもみたいに柔らかく恥ずかしそうに、無理矢理冗談めかして微笑んで、俺に。丸井君の好きな人とかって、赤也は知ってる?そうやって。訊いてください、俺は泣きだすあなたを狡く抱きしめてしまいたいんです。

大きな恋愛感情が交錯して、すれ違って、叶わない恋など数えきれないほどで。
その中の、叶わない恋の中に、俺の恋もカウントされているのだろうか。そんな事は、わからないけど、。

彼女の恋が叶わないことを、こっそりと願う俺は、最低だ。



貴女の不幸を願いました

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