透明で彩る | ナノ

 
 
「樹お前、こんなとこに居たんかよ…。やーも一応いなぐぬーがからちょぎりーさー真面目に授業さ…」

屋上の真っ青な空が広がる視界を遮る影。沖縄はもう夏の暑さで鮮やかな雰囲気になっていた。青に映える黒い影だった。

影の主は平古場凛。凛の嫌みのない声音は半端なところで停止した。それは私が遮ったから。彼の声を聞いていても良かったけれど、もう意味は伝わっているからそれで十分だった。凛の金髪が太陽の光に反射してとても綺麗で少し眩しい。

「…あぁ、凛だ。あー無理、ないびらん」
「そんなこと言って、探す俺の身にもなってみろ?」
「ないびーらん。そんなこと言って凛も今からさぼろうとそーんさぁ」

出来ない、私がそう言うと凛は大袈裟に溜息をついて私の横に腰を下ろした。私を呼びに来たのになんで凛までここで座るの。そう問いかけた時彼はなんて言うのだろう。訊いてみる気はない。空を見上げる。青いままの空に逸れ雲が1つだけ浮かんでいた。隣の凛が口を開く。見事に色の抜けた長髪はそれでもつやつやと太陽の光に反射して輝いていて、黒髪よりも涼しいのだと言う。確かに夏場に私の髪が熱くなっていても凛の髪は柔らかくぬるいだけだった。

「やーもちゅらかーぎーやっし、いなぐらしくしりゃモテるんに」
「あは、そーやってお世辞言っても何も出んよ」

凛は本気なのか冗談なのか、表情を見ていないからよく分からなかった。適当に流して立ち上がる。女らしくって、別に男らしいつもりなんてないけど。

出る気になったん?凛が尋ねる。まあ出ても良いかなあなんて思ったから、うんとだけ答えて屋上を後にした。後ろから凛の声が聞こえた。わざわざ来てやったんに、置いてくのかよ。明らかにご不満みたいだ。そんな凛がなんだかとっても可笑しくなって、真っ青で大きな空に吸い込まれないように、大きな笑顔を凛に向けた。

呆気に取られた凛をもう一度笑ってから一度止めた足を動かした。



何時から俺はあいつのことを樹と呼んでいたのだろうか。

きっと、物心も付いていないときからだ。1人ではまだ歩けないような時から一緒にいるのだから、きっとこれからもずっと一緒にいられるだろう、なんて。なんとも呑気な考えを脳内で緩く回しながら。でも実際、家も近いし、今だって普通に喋るし、席も前後だし、しょっちゅう同じクラスになってるし、母親同士も仲良いし、理由もなく離れる理由が見当たらない。
そんなことを考えていたら教室のスライド式のドアが開いた。ガラガラと騒々しく音が鳴る。今は何処のクラスも授業中で、誰かが開けるなんてそうそうない筈だ。少し頭の毛が寂しくなっている先生が音のした方向を見る。それについて歩くかのようにその教室にいた全員がそちらに視線を送る。ああ、噂をすればと言うが、これは考えれば、というところだろうか。

「ぬー」

そんな多くの視線に耐えられないと言いたげに、小さく唸るように声を発する樹の目は未だ眠そうだ。

「おい弥永、50分授業に20分も遅れるったあどーゆうことさ?」
「うちなータイム?」

うちなータイムとは直訳すると沖縄本島の時間、みたいなもので30分位の遅刻なら許される、みたいな、そんな都合の良い範囲の時間のことだ。勿論学校や職場などで通用するものじゃない筈なのだが。これは沖縄だけに存在するらしい。まあ、沖縄本島の時間と、ばっちり示してはあるのだが。この間テレビでやっていて驚いた。全国的な、いや、全世界的なものではなかったのか。と言っても今時それを思い切り酷使する人間も多くはない。

まあ、そんなことはどうでもよくて。樹は自分の席である俺の後ろの席にマイペースに腰を下ろした。珍しく授業に出るのかと思えば机に突っ伏す形で俺を見上げる。樹を追い駆けていた俺の視線は自然と樹と目が合って。
何を喋ろうかなんて、必死で考えてみた。

「裕次郎、アホ面」

顔を覗き込まれて少しでもドキリとした俺が馬鹿だった。樹の綺麗な顔が俺の目の前に。しかしその口から出てきたのは余りにも失礼な一言で。でもきっと本当に情けない顔してたんだろうなあとか思うから何も言い返さず話題を変えた。

「なっ、あ…。め、珍しいよな、やーが授業ちゅーんなんて」
「凛がかしましいからね」
「……凛、か…。あいつも風紀委員やさ、でーじなあ」

一瞬でも凛が羨ましくなったのは秘密にしておきたい。しかし樹は気付いたようだ。全く、察しが良過ぎてこっちが困る。

「りんちゃー裕次郎」

なんとも愉快そうにニヤリとほくそ笑んでまた、樹は机に突っ伏したので俺も前に向き直った。



君はずるいよ


ことば//
いなぐ:女
ちょぎりーさー:もう少し
ないびらん:出来ない
そーん:〜している
ちゅらかーぎー:美人
ちゅーん:来る
かしましい:うるさい
でーじ:大変
りんちゃー:ヤキモチ妬き

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