透明で彩る | ナノ

 
 
バンッ、教材室の扉が開いた。

意外と大きい音して、ちょっとビビったとか。それよりも、驚いたというか、厄介なことが出てきたから声に出してビビりましたなんて言ってるヒマがなかった。


赤也はいた。

教科書を開いてるから、最初、真面目に勉強しているのかと思った。だけど、赤也の視線の先は教科書ではない。辿るのは容易だった。それが俺の驚いた、厄介なこと。
赤也の視線の先にいたのは倉敷だったのだ。彼女は振り返って驚いた顔のまま一旦停止していて声も出せない様子だった。倉敷以外なら全く問題ないって言うのに、よりにもよって。あ、そっか、倉敷は教材室の窓から俺のこと見てたんだな、なんて、妙に納得をしていると、赤也が丸井せんぱい…と、なんとも気の抜けた声を上げた。

俺は倉敷のことを気に留めないように、わざと赤也の正面に体を向けて話しだす。

「…なんだよぃ。お前遅すぎっから、わざわざ迎えに来てやったっつの。真田、遅すぎるって言っ」
「……丸井、君っ」

ああ、ほんと、厄介だ。倉敷が俺の名前を呼んだ瞬間、一瞬だけ、俺の目の前にいる赤也が泣きそうな顔をしたのを見て、赤也が本気でこいつのことが好きだとわかって、尚更困り果てた。

例えば、こいつは、本気で俺のことが好きなのだろうかとか。なんで、こんな疑問が出てきたなんか、わかんねえけど。倉敷は好きなのだろう、俺が。本気なのだろう、きっと。でも何時移るかわからない。もしかしたら、3秒後。ジャッカルが練習試合で良いとこ見せたらこいつは簡単にジャッカルのことを好きになるのかもしれない。そんなこと、俺には関係ないのだが。倉敷の目を見ながらそういうことを、考えた。あー、やっぱこいつ、可愛いよなあ。顔とかまじで小動物。あれ、話が逸れた?

震えるような、そんな瞳で俺を見て、顔は真っ赤で。本当、分かりやすい。そして倉敷の視線を横切り赤也を見るもうひとつの視線。それは知らない奴のものだった。この場所にいることに些か疑問を抱かせるそいつは他のクラスの奴、とは違いそうだ。後輩だろう。


「丸井君っ、」

もう一度、今度ははっきりと倉敷に名前を呼ばれる。俺のこと、丸井君って呼んでたのか、初めて知った。
こうやってどうでもいいことばかりを考えてしまうのは現実逃避の初期症状だと、柳が言っていた気がする。そうか、俺はこの現実から逃げたいのか。間違ってはない気がした。

「っと、その…、」

もじもじと何かを言いだそうとする倉敷。恥ずかしいのだろう。一向に言い出せそうにない。俺がまた今度聞く、と言いだそうとした、その時。

「都先輩ってば、丸井先輩の活躍見てキャーッて、すげーうるさかったんすよ?」

突然の赤也のフォローに一瞬だけ呆気に取られた倉敷は直ぐに俺に向き直った。知らない後輩の女子が、唇を噛み締めたのが見えた。なんとなく、分かった気がした。

「あ、うんその、すっごく格好良かったから…!…あ、ごめんね。こんなこと突然言われるのってきっとやだよね」
「あ、いや、大丈夫、ギャラリーの奴らに言われ慣れちまって。ありがとな」

真っ赤になりながら言われると、なんだかこっちまで照れる。

格好付かないのも嫌で、慣れているなんて言って平気な振りをして見せた。けど、ギャラリーの煩いファンのじゃなく、恋愛感情の格好良いになど慣れてなどいなかった。やっぱり可愛い奴、なんて。笑顔でありがとな、は可哀想だったかもしれない。少しでももしかしたらという感情を持たせるのは余りにも不憫だ。
叶わない恋なら、尚更。

「ほら赤也!真田がブチ切れる前に行くぜぃ!」
「あ、え?!あっはい!先行っててください、走って追いつきますんで!」

じゃあ早くなと残し、俺は教材室を出た。先には行かずに、廊下で待っているつもりだった。赤也のやつ、なんで倉敷のフォローなんかしたのだろう。別に俺には関係ないけど、倉敷だって可哀想じゃねえかなと、何とも余裕ぶった考え方。こんなんじゃモテねーな。それは困った。

真田が切れるまではきっと余裕がある。例え切れたとしても、ジャッカル辺りが何とかしてくれるだろう。走ると危険!、という汚い文字と棒人間同士がぶつかって泣き喚いている絵が描いてあるポスターの貼ってある壁に背中を預けた。



解きたくて、呟く、交錯

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