透明で彩る | ナノ

 
 
決めたのはその日の朝だった。
夢を見た。丸井君が出てくるのって実はよくあることだったんだけど。どんなに妄想の塊みたいな幸せでべたべたな夢を見た日でも、彼の夢を見たあとはなんとなく、すごく、切ない。空しくなって、溜息が出る。今日もそんな朝だった。その空しさに身を委ねて、そして、限界を感じた。
こんなに空しい朝はもういやだった。振られてしまおう。そしてむりやりにでも次を見られたらいい。そう思ったら、意外にも行動はすぐに出来た。

朝練終わりのテニス部を待って、丸井君にこっそりと話しかける。タイミングがあるか不安だったけど、いつかのクッキーの件があったからか、意外とすんなりと挨拶をして、「放課後」を切り出すことができた。
丸井君越しに目があったのは、赤也だ。目をそらして、目を瞑って。次に赤也の姿を見たときには何事もなかったかのように他の部員と笑っていた。彼に直接なにかしたわけでもないのに、罵られたような気分になった。"後ろめたさ"はたぶん、いつまでも拭えないのだろう。

そして、部活を見ながら、そわそわと腕時計を見やること1時間半。クッキーを渡した時と同じ木の下で待つこと18分。約束より5分遅れて彼は来た。

「よ!待たせてごめんな、部誌頼まれちまってさ」
「大丈夫、部活お疲れ様」
「おう、サンキュ」

にこりと笑う丸井君の表情を見ながら、やっぱり振られる気がした。そこには上辺の笑顔があって、元々ありもしなかった希望を再確認させられたようで。
それでも、丸井君を見ているとやっぱり格好良いなあとか、部活終わりで暑そうだとか、考えれば考えるほど緊張でドギマギして、すうはあ、深呼吸と、勇気だ。

「えっと…、それでね」

言おうと考えてきた言葉を丁寧になぞった。ゆっくり、今までの気持ちを一言で伝えるのは到底無理で、この気持ちの素直さを彼に伝えるチャンスは、これが最後だなんて思った。なのに。

気が付いたときには丸井君は笑っていた。今までで一番、大人っぽい複雑な笑顔だった。
思わぬ方向に転がった私の告白を、誰が想像できていただろう。嬉しいとかそういうの、わかんないくらいびっくりして、うまく理解が出来ない。表情の作り方を忘れたみたいになって、え、え?なんて言葉の端を零すだけ。この状況は、なんだっていうの。

よくなったわけじゃない。



善悪の境界がゆがむ

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