透明で彩る | ナノ

 
 
「雫ちゃんのこと、好きなんやけど、付き合ってくれへんかな」

すこし大雑把な告白に目を白黒させて驚いた。告白されたことがないわけではなかったけど、それって小学生の時の話だったような気がするなあ。そんなことを思い出しながらまさかテニス部のモテモテレギュラーの人から好かれるなんてと思う。これはどう動いても恨みを買いそうだ。もしかしたら冗談で言っているのかな。だって彼、忍足侑士だもんなぁ。取っ替え引っ替えどころか、全部キープしておくような人。彼にまとわりつく噂は絶えなかった。

それまでは私はよそよそしく忍足君と呼んでいた。その距離は測れないくらい遠い、それこそ接点なんか殆どないと言っても過言ではなくて。名字で呼ばれていたはずなのに、いきなり名前で呼ばれて違和感があったのを覚えている。「ああ流石、自然に女に近付くのが得意なんだな」なんて軽蔑にも似た気分になったからだった。

「………それって、忍足君の何人目の女の子になるの?」

告白に対して動揺してないような笑顔を装いながら、まぁ随分なことを言うと、忍足くんは予想外に顔を顰めさせた。涼しい顔で一人目やで、なんて大嘘を吐いてくるものだと思ったのに。なんだか真剣っぽい表情は整っていて、見据えられると少しだけ困ってしまう。

「……本気って言ったら、どないするん…?」
「それだと…重たい、かなぁ」

そう答えたわたしも素直すぎたのだ。忍足くんの瞳が明らかに揺らいだ。眉をひそめて、難しい顔つきをする。何か考えている。氷帝の天才なんて呼ばれる彼が。何かを。
何もしていないのに、なんだか悪いことをしているみたいでゾクゾクした。その裏側でいわゆる好きな人の姿を思い浮かべた。思い浮かべるだけで切なく感じる、あの人を。


「…忍足く、」
「じゃあ、遊びでええ」

忍足くんの名前を呼んだ。「ごめん、冗談だった。重たいなんてそんなことない。でも私、好きな人がいるから、」そう言うために。でも暫し何かを考えている様子だった忍足くんは、私の言葉を遮って口を開いた。タイミングが悪いと感じて少し不満だった。今思えば私がもう少し早く切り出していればこんなどうしようもない関係にならずに済んだんだろう。忍足くんの口調は冷静だった。でもたぶん、頭の中は全然冷静じゃない。結構無茶なことを言っていることに気付いてないんだと思う。
目を瞑る。あの人の影を脳裏に見る。目の前の彼に逃げることを考えた。息を吸う。

「…そっか。じゃあよろしくね、侑士くん」



懐かしいことを思い出した。目を細めて、今も昔も、子供すぎてドラマの真似事みたいで、下らないなぁと思わず笑ってしまう。
あれからすぐだ。逃げることがどんなに楽かを知ったのは。それが恋ではなくて依存であるのは瞭然で、侑士くんとのキスで全部忘れると気が紛れてよかった。そんな関係に満足していた。自分だけが本当に愛されているという優越感がたまらなく癖になる。何度も何度も、もう彼でいいんじゃないかと考えた。けれどそんな時は決まって途方もない寂寥感に苛まれて終わる。わたしが侑士くんのことを素直な感情で愛せたなら、私達ってばどんな幸せカップルになれるだろうね、なんて空しかった。




過去とあやまち

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