透明で彩る | ナノ

 
 
「有」そう呼ぶことに大した意味は見出さなかった。
あいつからすればそれはとても大きなことなのかもしれない。それがどんなにつまらない成り行きだとしても。嬉しいことなのだろう。それはわかっていた。
でも俺からしてみれば、あの時はどうしようもなく面倒くさくて仕方ないと感じてしまっていた。棘っぽい言い方をしてしまったことは自覚していたけれど、まさかあんなに泣かれるとは思わなかったし。
あーあ、俺、めんどくせえ女って大嫌い。でも、それは、都先輩以外のはなし。そりゃもちろん、他の女と同じ括りで見ていないからという理由も含まれてるけど、ただ好きだからという贔屓だけじゃなくて、都先輩からしてみりゃ俺だって、相山、いや、有なんて目じゃないくらい面倒くせえ男なんだとわかっているから。あ、男ですらないかなぁ。めんどくさい後輩、ぐらいが妥当だろうか。まぁ、それでもいいや。
いつか男に成りあがって見せる。


「ゲコクジョー、ってな」



「有」その、どの言葉よりも聞き慣れているはずの言葉。なのになぜか、とてもこそばゆい響きはまだ耳に貼りついて、ふとした瞬間ぶわりと幸せをもたらしていた。彼からしてみればただのその場しのぎ。泣かれて面倒くさかった。ただそれだけ。彼にとってはなんでもないこと。むしろ、私のことを名前で呼ぶことには抵抗感や嫌悪感すらあるかもしれない。それは私だって不本意。でも、私が悪かった。涙が溢れた。止められなかった。それでもどこか、一歩だけ近付けたような錯覚に陥ってしまう。あぁでもそうしたなら、都先輩と丸井先輩は少し遠いけれど、都先輩と赤也君は私と赤也君の距離よりもずっと前から近かったことになってしまう。そう考えてから、間違ってないことに気が付いて唇の間からスカスカした苦笑が漏れた。


「赤也くん、」


名前を呼べば近付けると思った。けれど名前だけじゃ近付けなかった。わたしも彼も。
もう、途方もないくらい空しい傷の舐め合いみたいな関係でもいいのに、そこまですら寄り添えない。そんなドラマの中の覚束ない関係のようにはうまくいかないもので、思った以上に遠い距離で。報われないなあ。こうやって底のない思想に思考回路を委ねるといつだって同じようなことしか考えられない。そして同じような理由で悲しくなってくるんだ。でもきっとあの人だってそんな気持ちに溺れている。みんなだ。
みんな。みんなバカだなあ。




わたしたちってば馬鹿ね

prev//next