透明で彩る | ナノ

 
 
まただ。


また、あの子が窓から俺達を見てる。いや、俺しか見ていないことを、本当は知っている。分かりやすすぎるのだ。名前は倉敷。倉敷 都。同級生の、可愛い奴。

確か赤也と、あと、クラスの奴も好きだのなんだの言っていた気がする。テニス部内外にも、倉敷を好いている奴はいっぱいいる。恋愛として、友達として、後輩として。その種類としては多いが、男子は目を付けている者が少なくはない筈だ。その位に、可愛い奴。

こうやって可愛い奴可愛い奴と連呼してはいるものの、俺はあいつが好きではない。でも、嫌いと言ったら嘘になる。ただ、あいつが俺に抱く好きと、俺があいつに抱く好き、は全くの別物と言うだけの話。
あいつが俺にぞっこんなのは知っている。俺もあいつは悪くないと思う。けれども、悪くない程度で好きだと言うのは何かが違うのだとも思う。
そうやって思えるくらいに好きな奴が、実は俺にもいたりして。

そいつに俺が抱く好きはあいつが俺に抱く好きと同じくらい大きな感情。

名前は雫。苗字は、なんだっけ。ジロ君から聞いたのにな、えっと、雨月、そう、雨月雫。
ふわふわしていて、性格さえも良く分からないけれどとっても優しい奴なのだろう。
一目惚れなのだから何にも知らないというのが正直なところだけど。どこを見て惹かれたんだっけ、顔?あぁそれもあるような。綺麗な顔立ちしてたし、けど、ちがう。雰囲気とか、表情とか、そんなところを見たのもきっと一目惚れの後。だから多分本当に、見ただけで惹かれたんだろうな、これを運命だと言わずに何をそうだというのか分からない。仁王辺りに言えば頭がイカレてしまったのだろうかと心配されるんじゃないだろうか。


氷帝と練習した時に、応援席に一人で座っていたそいつ。
忍足と向日との試合の時、小さくも頑張れ、と言ってくれたのを俺は知っている。勿論、俺に言っているとは考え難い。初対面、と言うか、あっちは俺の顔さえ認識していないだろう。
でももし、もしも俺に言ってたんならどうしよう。わ、そうだったら、良いのに。


「おい、ブン太」
「っわ、お?」

俺を現実に引き戻したのはジャッカルだった。
何だか俺の顔色をうかがっているようで、俺はそんなにも妄想にふけっていたのかと恥ずかしくなる。でもほら、好きな奴が出来たらすることと言ったら妄想じゃね。相談とか、んなもん女じゃねーんだからそんなにできねえし。男はつらいぜってな。あーあーあー。テニスをしたって振り払えない頭の中のモノの振り落とし方を俺は知らなかった。勉強したことなんか素振するだけで落ちてくっていうのに。

「…大丈夫かよ?」
「あ?あー、悪り。大丈夫」
「ならいいけど。じゃあ行って来てくれるか?」
「は?」

何を、と続けると本当大丈夫かよと苦笑された。
俺がボーっとしている間に色々話していたらしい。俺も自分が大丈夫じゃないかもとは思ってたけどそんなにも聞き落としていたとは。耳鼻科辺り行った方がいいのかな、老化現象かも。そう呟けば本気で心配した方がいいのかと問われた。ただの恋の病ですのでお構いなく。なんて言えなかったけど。

「だから赤也だよ。教材室で英語の補習させられてるだろ?真田がさ、そろそろ呼んできてほしいんだってよ」
「はあ?あー、そういえば来てねえな。なに、英語の補習?うわダッセー」
「あいつ本当に英語出来ないよな」
「つーかジャッカル、お前行けばいーじゃん」
「俺の代わりに先生に部内資料届けに行くか?」
「赤也んとこ行ってきまーす」

ラケットをベンチに置いて、ゆっくりと歩いたら早めにな、と後ろから声を掛けられた。ジャッカルのくせに。つーか真田が呼んできてほしいんなら真田が行きゃいいじゃんか。しかし自分の思ったことを少しよく考えると、教材室なんかで怒られたら逃げるところがないし、それはなんだかかわいそうだから仕方ないけどちゃんと迎えに行ってやることにしよう。女子の群れを愛想笑いでかきわけながら、俺は駆け足気味で教材室へと向かった。



本気と言うと笑われるかもしれないね

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