透明で彩る | ナノ

 
 
「ねぇもしもね」
「おん、」

侑士君のあぐらの中に座り自分の体重を全て預ける。最初は恥ずかしくて嫌だったけど、侑士君がこれが落ち付くのだと笑った。いつどこで誰と、この体勢が落ち付くことを覚えたんだろう。そんなことを考え出したらキリがなかった。いつからか依存し始めたこの関係とか体勢とか心地よさはお互い同じだろう。距離がゼロになると、なんだかするすると頭に浮かんだ言葉が零れてくるような。ゼロ距離の魔法はお伽噺に出てくるようなキラキラな魔法とは違う。

「私が浮気とかしたら、侑士君はさ、どうする?」
「んー浮気…なぁ」
「侑士君はぜんぶ浮気だもんね、怒んないか」
「ひどい言い草やなぁ」
「どこか間違ってた?」
「ぜーんぜん」

あ、うそついた。

ぜんぶ浮気?ぜんぶ本気なんかじゃない?何にだって依存なんてしていない?
それって本当?うそでしょう?

歪んできたなぁって、思った。たぶん侑士君に似てきたんだね。癖がうつるみたいに、好みが似てくるように。
最低が侑士君から私に移ったんだね。そんなことを考えるとなんだか笑えてきた。今まで満たされないずるい寂しいなんて思っていたのは私だったはずなのに、多分少しずつそれが侑士君に吸収されていく。最低と欲を交換したってこの状況は何も変わらない。いや、もしかしたら悪化していくだけかも知れないのに。

「……しとるん?浮気、」

ずれたタイミングで小さく笑う私に訝しげな表情を見せる侑士くんが、ゆっくりと、慎重に問う。確実に視界が悪そうな伊達眼鏡越しにこんな余裕のない駆け引きに乗っかる侑士君は、まるで侑士君じゃないみたいで。だって彼ならば、もしもはちゃんともしもとして受け取ってくれると思っていた。
逸らさせない。私の心は冷えたみたいに静かだった。こんな冷静で狡賢い私も、まるで私じゃないみたいだった。
別に、素直な乙女っていうわけじゃないかもしれないけれど。

「…もしも、してたらどうするって聞いてるんだけどね」

もしもを僅かに強調して、なんでもないような風を装う。ただ訊いているだけ。雑誌の片隅の心理テストでも読み上げるように、なんでもないように。
んー。彼は珍しく悩んでいるみたいで、僅かに唸って、そしてまた彼らしい余裕のある笑みを浮かべた。

「……まぁ、」
「………」
「そもそも雫は俺が浮気相手みたいなもんやしなぁ」


その言葉に含まれる半分くらいは冗談だろうか。わからない。私が言った半分の本音を、そのまま返されただけなのはわかっている。でも、当たり前のように否定するほどずるくはなれない。暈しながら肯定して見せることもまた、出来なかった。
私はそんなにずるくない。彼もまた、そんなに強くはないのではないだろうか。最近少しずつ、そう思うようになった。それは私の欲張りな部分を、侑士君が少しずつ、咀嚼し始めているからかもしれない。
兎も角まだ侑士君には侑士君らしい部分が残っているみたいで、やっぱり彼はどうしようもない人だった。難しく顔を顰めた。失礼なことを言うなぁと、拗ねているだけに見えることを願った。

だって、笑って「そうだね」なんて、口が裂けても言ってはいけないような気がして。



堕ち方しか知らない

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