キンコンと、高く大きく響くチャイムの音が学校中に響いて、もちろん俺の耳にも入って来ていた。
でもいまは、それどころじゃなかった。
コンクリートに身を投げ出して、髪の毛を風に遊ばせて、ジリジリと暑さが皮膚や指先から俺の中へ侵入してくる。そんな感じ。だけど何も気にすることが出来ないまま先程まであいつらが座ってた辺りに背中を預けていた。余裕もないくらいに、イライラ、イライラ。思わずの舌打ちが響いた。なんだよ俺ダサすぎる。そして繰り返す苛つきは増すばかり。あーあーあー。海行きてえ。イライラしたからなのか、視界いっぱいに真っ青な空がうつっていたからなのかわからないけれど、そう思った。
「意味分かんねえ、なんであいつら…」
あー、くそ。
いくら誰にも聞こえない場所でひとり寂しく悪態を吐いたって解消されないモヤモヤは、やっぱり俺はあいつのことが好きなのだなと改めて理解させようとしてるみたいだった。
悔しいなと、そう思った。
それは一昨日たまたま聞いてしまった樹と裕次郎の会話のことだった。あの時はよくわからなくて考えるのをやめてしまったが、翌日翌々日と時が進み頭でゆっくりと整理がついてくると、可笑しいと思わざるを得なかった。
裕次郎の奴が樹に告白したわけじゃない。その、紛い物だった。
なんで告白じゃなくて誤魔化すような焦らすようなひた隠すような告白紛いなのか。好きだとは言わなかったのだ。あえて、もし俺が、なんて予防線引きやがって。なんで。本当に好きなくせに、バカじゃねえの。
「…じゅーんに、裕次郎の奴 フリムンやっさ……あーもー…」
俺は、樹のことが本当に本気で好きなんだから、裕次郎なんかに負けやしない。自信はある、あるけれど。樹も樹だ。中途半端で難しいあの答えを聞いてしまった後じゃどんなに自信があろうと安心なんてしていられなくなる。なんで、何を思ってあんな答え方をしたのか。彼女がああいう、人をたぶらかすことが上手な性格だというのは知っているけど、今回に限っては本当のことが分からない。
こういう場合にありがちなことで、都合良く、または都合の悪い方向へと考えが行ってしまったりするのだ。そしてまたムシャクシャして、また、海を思う。
「お、凛、来てたん」
噂をすれば何とやら、ひょっこりと屋上に顔を出した裕次郎。
そういえばさっきチャイムが鳴っていたっけ。つまり今は昼休みらしい。
モヤモヤが台風の日の荒波のようにドンと大きくなってから、半ば無理矢理に引いて行った気がした。
グッと腹筋に力を入れて起き上がると、もう既に隣に裕次郎が腰をおろしているところだった。
「俺らもう3年だぜ、かんしサボっとったらそろそろ内申危ないんど?」
「お前が言えた口かよ」
「最近遅刻少ねーしー」
ヘラり笑った裕次郎。どうせ樹と同じクラスになったからだろ。そう悪態吐く脳味噌に驚いて、そして本当に最低だと思った。軽く嫉妬じみたところが、更に。
でも、それをきっかけにイライラとモヤモヤがまた、膨らんできてしまって、とうとう自分じゃどうしようもなくなって。
「……お前さ、」
「おう?」
無垢で明るい声音が返事をする。
つい、ああこの声で彼女にあんな質問をしたのかと考えてしまう。
「本気で樹のことしちゅんやなかったんかよ」
「え?」
自分で思ったよりもずっと低い声音だった。
きっと俺の苛つきに気が付いたのだろう。裕次郎が、アホ面を顰めさせてこちらを見た。いきなりすぎたかもしれない。その表情だけで彼が酷く困惑しているのが分かった。だって俺達は仲間だから。ただのクラスメイトとかよりきっとずっと、裕次郎のことを知っているだろう。そんな長い記憶の中でも、こんなに焦った裕次郎を見るのも初めてかもしれない。
でも俺の脳内じゃ、昨日からずっとこれしか考えられなかった。困惑する裕次郎、責め立てる俺、そして、何も知らずに教室で眠りこける樹の姿。成り行きとしては、可笑しくない。
「なんやさ、もし俺がって…」
「え…、何言いたいんやさ、凛…?」
「ふざけんなよ、そんなんに俺、負けねーらんからな」
そして立ち上がった。
その場に居たくなかった。
俺は生まれて初めて、格好悪く、言い逃げというものをした。
なあ君はこんな俺達を知らないだろう
***
じゅんに…本当に
フリムン…バカ者
かんし…そんなに
しちゅん…好き
ねーらん…ない