透明で彩る | ナノ

 
 
全ての試合が終わったのは11時過ぎだった。

丸井君は氷帝の芥川くんと日吉くんという人達にジャッカルくんとの通称プラチナコンビで見事勝利。
相手の変わったプレイスタイルを物ともせず6-2で、圧勝だったみたいだ。試合前に相手の選手と仲よさげに会話している丸井君の姿を見て、私もテニスでもしていれば教材室で眺めるだけなんかじゃなくて、もっともっとお話出来ていたかななんて、今更。正直運動神経はいいほうでないけれど。

丸井君達が勝った。それは何を意味するんだろう。どうしよう。鼓動が鎮まらない。来て、くれるかな。さっきからそればっかり考えてばかりで。
わたしじゃなくて、クッキー目当て。それで良いから。一秒でも多く彼と話をしたい。好きだと伝える勇気はないから、ただのファンだと思われてるかもしれない。向こうのテニスコートにはまだ沢山のファンの人達がいて興奮気味に試合のことや部員のみんなのことを語らっている。そこからは一歩引いた木陰で読みかけだった本を読んだ。本の内容は頭に入らないけれど、待っているだけだと落ち着かなくてどうしようもなかった。


「よっ」

パン、もともと落ち着かなかった集中力が切れる音がした。
さっきは何故だかずいぶん余裕があって、可愛くない態度だったけど。急に心臓がバクバクしだす。また吃ってしまったら丸井君に迷惑と思われるかもしれない。そんな酷い人を好きになったつもりじゃないけど、でもどうしても、不安ばかりが膨張してしまう。
そうこう考えている内に丸井君は目の前まで来ていた。初めてなくらい、近い。

「見てた?」
「う、うん!丸井君、か、格好良かった、よ。おめでとう」
「まじで?だよなー!さすが、見る目あるぜぃ」

冗談めかして笑う丸井君はたぶん私に気を遣っている。なんというか、昨日の赤也のフォローがある意味不味かったのではと感じた。でもあれが赤也なりの精一杯の誠意で気遣いで好意だから、私には何も言えないけれど。

「あのこれ、お口に合うかわかんないけど」

差し出す小さな箱は私のありったけの勇気だ。途端笑顔を咲かせる丸井君にハッとしてしまう。

「おわ、まじありがとな!あとで食うわ」

ほんと勝ってよかったなんて、そんな嬉しいこと言わないでほしい。それじゃまるで。女の子ってバカだからすぐに自意識過剰になって期待してしまうんだよ。きっと丸井君は知らないんだろうね。
どうして私は丸井君なんだろう、いっそ赤也だったなら。有ちゃんにはああ言ったけれど、そう思うことがないわけじゃなかった。あれがうそだったわけじゃないし、そうだったならもっと楽しかったかもしれないと思うだけ。所詮は無い物ねだり。でも私は、丸井君が好きなのだ。例え叶わなくても、例え大切な後輩をたくさん傷付けてしまっても。そう思うと切なくてたまらなくなる。でも話せるだけで本当に嬉しくて、幸せで、まるでこのためだけに生まれてきたんじゃないかななんて。悲しいと幸せが複雑に混ざって心臓が窮屈に泣く。不意にさっきの、氷帝の女の子に声を掛ける丸井君の姿が頭に浮かんだ。それが何を意味するのか。それくらい、なんとなく。でもこれが、私の恋愛。
悲しくてたまらなくたって、この僅かな幸せがあるならいいかな。少なくとも今はそう、思うことにした。



先天性の愛なのです

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