透明で彩る | ナノ

 
 
「あ、赤也君」


がら、と音を立ててドアをスライドさせれば、予想は大当たり。英語の教科書を開きながらも全く見ていない赤也君と、その視線の先の都先輩がいた。すぐ、一瞬だけ顔がグニャリと歪んだのが分かった。あーあ、あたしったら、醜いな。そして、先輩が振り返る頃には泣きたくなっていた。感情の百面相は自分でも止められない。赤也君は、どこを見ているのか、その視線を辿る時、そこにはいつも彼女がいるのだから。

「あ、有ちゃん。どうしたの?」

今日もかわいー、なんて。座っていた椅子から立ち上がって抱きついてきた都先輩。そのまま抱きつかれた状態で、首から上を傾けて先輩の顔を見る。
やっぱり、女のあたしから見ても可愛いなぁと再度確認して、溜息を吐く。敵うわけがないなんて、知っているのに。

かわいくないよ、あたしなんか。先輩のこと、ちょっぴり憎いななんて思ってる。自嘲気味な笑顔にしかならない表情は、先輩からは見えない。
赤也君があたしのこと嫌いな理由もなんとなくわかる。都先輩は優しくてかわいくて、あたしとは比べ物にならない女の子なんだもん。
そんな先輩があたしは大好きで、少し妬ましいんだ。


でもね、今は退いてよ先輩、あたしね、赤也君に、会いに来たの。

赤也君の方をみると、ほんの少し苦く、笑う、その人は。

「うっわ、レズビアン」
「えー?赤也も抱きついてほしいの?」

ケラケラと軽快に笑って、都先輩はあたしに抱きついたまま赤也君に視線を移した。サラサラとした髪が目の前を通り過ぎる。シャンプーの香りがして鼻を擽られる。赤也君は、きっと本心で言うと抱きついてほしいんだろうなぁ、なんて、目を細める。
あたしじゃダメかな、ダメだよね。

あたしは先輩じゃダメなの、赤也君が良かったな。


「違げぇし!何言ってんすか!」
「ええ?ジュンジョーだ、ねえ、有ちゃん」
「え?あ…そうですね。赤也君ってば可愛いなあ」
「くっそー」


不貞腐れる赤也君。
あ、さっきからあたしのこと見もしてないや。こんなこと、気が付きたくなかった。
でも、いつものことだから、都先輩がいれば都先輩のことしか見ない赤也君なんてあたしはイヤと言うほど見てきているから。そんなの慣れっ子。そんなときはいつだって、あたしは先輩が羨ましくて妬ましくて仕方なくなる。恋愛感情を名乗るこの気持ちが、可愛らしいものとして留まっている期間は短かった。そんな昔さえも懐かしくて鮮やかに映る。先輩の柔らかい笑顔が、眩しすぎてあたしなんかとは程遠いと最早自虐しか出来ない。
でもなぜか、だからなのか、余計に悲しくなって、もう少しで先輩の腕を押し退けてしまいそうになった。


キャーッ!!!

いきなり、開いていた窓の外から黄色い歓声が聞こえた。ざわめく放課後のこの空気の原因は大抵決まっている。その声に真っ先に反応したのは勿論都先輩だった。ガッ。そんな音が聞こえそうな勢いで窓の縁を掴んで外を見る。
ああ、赤也君が、また、泣きそうな顔をしているのに。あたしの眉間にグッと皺が寄る。先輩は気が付かない。仕方がないことなのだと、彼は知っている。理解している、分かっている。先輩の視線の先には、既に丸井先輩しか映っていない。赤也君があんな風に先輩の視界に留められることはない。

わかっているから、辛いんだ。
みんな。あたしも、赤也くんも、都先輩さえも。

「み、見てた?!今の!丸井君!」

見えないのだから見えないですよ。仕方ないなと笑った。
中途半端に途切れながらも何かを伝えるその言葉は、声は、興奮している証拠で、都先輩の輝いている瞳に映っているのは赤也君とあたし。それなのに、まだその瞳には、丸井先輩しか映っていないようで。そうだよね、ハッと顔を赤らめる都先輩は恋に生ける乙女でしかなくて、残酷だった。

赤也君が、笑った。

「ほんと都先輩は、丸井先輩のこと、好きっすよね、」

赤也君は、自分に言い聞かせるような言い方をした。いやたぶん実際に、先輩に言ってるんじゃなくて、自分自身に理解させたくて言っているのだろう。それでも納得も、諦めることもできないんだ。
あたしと一緒。あたしだって何度も何度も、自分に言い聞かせた。赤也君は都先輩が好き。あたしは赤也君が好き。都先輩が、先輩をからかったら痛い目見るんだから、と微笑んだ。



何も知らないフリで目を伏せる

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