透明で彩る | ナノ

 
 
「あれ、財前は?」

そもそもさっきから全然見てない気がする。黒髪ピアスを探してキョロキョロしていると、あ、けんや!無邪気な笑顔で金ちゃんが駆け寄ってきて、俺を見上げた。

「光な、今日ずっとおらんで!」

服の裾を引っ張って用事とか言っとらーへんかったよなぁ。そう付け加える姿は幼い子供のようだ。たぶんそう感じるのは俺より幾分か低い身長のせいもあるけれど。


「そうなん?白石、なんか聞いとる?」
「いや…聞いとらんなぁ」
「サボりか、あの不良息子」
「珍しく千歳が来とると思ったら財前が来んとか」
「揃わんなぁ」

いつもはフラフラしている千歳が来ないのは珍しいことじゃないしもはやみんな慣れているので特に誰も咎めないのだが、なんだかんだで無断欠勤、いわゆるサボることが少ない財前がこうだとどうしたのだろうと思うのだ。見てくれが見てくれなだけにサボりの常連だと思っている人も多いけれど、なんと言ってもあいつは黒髪なのだ。根は真面目なのである。そんな財前が居残りなんてこともないだろうし、図書委員会の活動があるなんて聞いていない。いやもしかしたら遅刻かもしれないけれど、学校終わってから暫く経ったし、他の二年生は揃っていた。

「なんだかんだ無断で来んことないんに…なぁ、白石」
「ん?…あぁ、せやなぁ」
「白石?」
「なん?」
「……いや、なんも」
「さいか。まぁ財前には俺が明日聞いとくから、自分ら練習やりや」

うーいと曖昧な言葉を各々返し、中途半端で止めていた柔軟を再開し始める。俺もダルダルと歩いて定位置へ。柔軟をしながら、気になることがあった。白石のことだ。確実に様子が変だった。白石があんなにあからさまにボーっとしていることがまず少ない。どうかしたのだろうかと心配してみるが、心配したからといって人の心を読めるような超能力は持っていない。結局柔軟が終わるまで考え続けても分からないまま、その思考はそこで放棄した。きゃああ。女の子特有の高い声援。耳障りとまでは言わないとはいえ、正直ここまで騒がしくされるのもプレッシャーになった。ここはやっぱりおもろいことせんなあかんかなぁなんて。いやそんなせえへんけど。滑るんややもん。つーかいまテニスしてんねんステージちゃうねんやかましわ。みたいな。あーあ。なんか今日の部活だる。急に座り込みたいとか、そんな気分だった。

「白石い俺もサボるう」
「せんせにチクるで。そんで内申下がれ」
「ひどーだるー」
「風邪とちゃうん、大丈夫か」
「ちゃうちゃう」
「ふうん」
「白石は」
「俺?」
「だるそう」
「そうか?そないなこと全然ないけどなぁ」

微かに白い歯を見せるけれど、うそつけや。俺じゃなくてもわかる。ふと女の子達を見渡す白石に違和感を覚えた。いつもは何となく見るような、少し冷めた目で見ている様な、そんな印象しか受けないのに。今日は何かを探すような目をしている気がした。
誰、探しとるん?そうやって訊ねるのも野暮な気がして、女子の群れを見る白石を観察した。一人ひとりの顔を見るように丁寧でありながらも流し見るような。誰を探しとるんやろう。白石に探される女子?幸せやなぁ。いや女子じゃないかもしれない、財前かもしれないけれど。けど、あ、あぁ、わかった。きっとそう、あの子。そうと気付けばなんだか何処かつまらなくて。

「財前、杏ちゃんと喋って遅くなっとったりしてなぁ」
「はは、かもなぁ」

あいつあの子がおるといつもよりちょっとよう喋るもんなぁ。
先程の微笑みを眉ひとつ動かさずにキープさせて声を立てて笑った白石に正直本当のところはわからなかった。けれど、たぶん間違ってない。杏ちゃんが来ないことなんて多くはないとは言え有り得ないわけじゃないのに、なぜこんなにも気にするのかと考えれば、それはやはり財前の無断欠勤と被ったからだろうか。欲張りな白石を、それは少し罪深過ぎるのではないかと思いながら見やる。そうして財前に言った言葉を思い返した。「白石には、他におったはずやで」うそじゃない。いつか本人から聞いた話だった。彼女のことはどうなったのだろうか。


「…白石、好きな子おるって言っとらんかったっけ」
「どうした、随分懐かしい話題やん」
「誰やったっけ、え、もう好きじゃないん?」

誰やったっけ、なんて。知っている。覚えている。わざとその名を忘れたみたいに振る舞えば、俺の位置付けはみんなのキューピッドにでもなるのだろうか。青春してるななんて誰かに言ったけど。キューピッドは誰かと誰かと誰かがライバルだったとしても全員を公平に手助けするのだろう。そう考えると、俺にはやはり無理だと思った。だって俺は人間だから。ずっとなんて、恥ずかしげもなく、彼はまるで独り言のようにそう言った。


「好きやで、ずっと」
「…ふーん」

その子の名前を俺もずっと、忘れることなんかなかったけど、それをお前が知ることなんかない。知らなくていい。



お前は一人で恋をしろ

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