透明で彩る | ナノ

 
 
薄暗い道に点々と、街灯の明かりが青白く光っていて、二人の間には何とも言えない空気が漂っていた。
珍しく、先輩達と帰る時でさえ耳から外れないイヤホンが、今日はポケットに突っこまれたままだ。ひやりとした静けさが鼓膜に突き刺さる。杏は戸惑っているらしい。俺も何を言えばいいのか分からない。返事は今度で良いと言っておきながら今日は送るなんて、なんてバカげた自殺行為だったんだろう。
黙っていることで空気が凍るのではない。そんなことを言ったら俺がいるところはいつでも凍っているも同然になる。隣にいて安心できる相手じゃないから、こういう空気になってしまうのだ。謙也さんや白石さんの隣で安心できるとは思わないが、1年以上もしつこく絡まれていればそれなりに近い距離感は得るのだろう。

「杏の家ってどこらへんなん?」

校門を出て少し歩いてから、とりあえず何か無難なことをと、そう訊ねた。

「あっ、えっと、大学病院の近く、かな」
「あー、あそこな」
「あの、財前君の家、方向違ったりしない?大丈夫?」
「ん、まぁ、問題あらへんから」

少し距離はあったが、遠いわけではない。歩いても10分とかからないだろう。
そんなこといつもなら絶対しないとはいえ、自分から送るといったのだ。そんな距離大したことはないじゃないか。

「そ、そっか……」

また、黙ってしまった杏。
随分と悩ませてしまっていることに少しだけ反省しながらも、自分のことで杏の頭ん中が一杯になるということに少しだけ優越感を覚えた。俺きしょい。謙也さんに感じるきしょいよりもきしょい。ユウジさんに近い。あかんやろ、やばいでそのキモさは。

「杏は、何で白石さんのこと好きなん?」
「え…?」

うわ俺どうしたし更にきっしょくわるい今凄く穴に入りたい埋まりたい死にそう。唐突なその質問に、さっきよりも目に見えて戸惑う杏に自己嫌悪。少し怯えているようにも感じて、これはまずいと悟り、フォローを入れる。
二人きりで歩いていれば、きっと彼氏と彼女に見えるだろう。そんな風になれる日が来るとは思えない俺達の距離は緊張してしまっている。敵う相手ではない、知っている。だからこそ、好きになる。サムいけど、まじめ。焦らすような初夏の気温がジワジワと鼻先を温める。

「あ、別に、何で俺じゃなくて白石さんやねんいてまうぞ、とかやないからな」
「あ…、…ふふ、そだね」

そうしてやっと自然に笑った杏に、思わず頬が緩んでしまう。こんなところ先輩らに見られたりでもしたら。えらいこっちゃなんて思いながら、それを隠す様に、「嫌やったら言わんでええし」と付け加えた。ううん、大丈夫。小さい声ながらもハッキリそういった杏の真直ぐな気持ちが透けて見えるようだった。すこし悲しいけれど、気付かないフリも出来ないけれど、でも仕方ないと思った。

「えっと…、なにかな。優しくて、仲間思いなところとか」
「仲間思いとかそういうん、わかるんや」
「見てたら、ね」

チクリと痛む心臓に女々しさを自覚して、白石さんになりたいと思った。
なれるわけはないけど、何もかも違いすぎて。
仲間思いなんて大正解だ。優しくて完璧で、モテない要素が見当たらない。カブトムシなんかで泣きだすし、途中から意味不明な包帯巻きだして毒手とか言い出すから重度の中二病患者なんじゃないかとかも思っていたけれど、そんなところも全部優しさでできていた。全てが彼の良いところなのだろう。
それに実際にとてもいい人だ。小春さんだとかユウジさんだとか、あと俺みたいなのだって、なんだって当たり前の様に受け入れる。受け入れたからには完璧にこなすし、正義感もあるのかなんて思うとこの人の悪いところってつくづく見当たらないなと思った。そんな人を見ないで俺を見てくれなどと言う方が最初から間違っているようなものなのだ。俺はあの人と違って、無愛想だし不器用だし何かしら逃げることの方が上手いし、好きなものより嫌いなものの方がずっと多いと思うし。

そんな白石さんと、こんな俺。

「…財前君?泣かないで…?」


やっぱりすごく、弱い俺。



笑えるほど強くもなかったみたいだ
 

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