透明で彩る | ナノ

 
 
とてもとても、自分が歪んでいることを実感した。

わざわざ雫に来るように言ったのだ。跡部はどうか知らないが、もう1人は既に気付いている。

「お前、氷帝の奴だろ?なんで来てんだよぃ?」

試合が始まる寸前で、丸井が雫に話し掛けた。口の動きでなんとなく会話が読める。丸井が雫に好意を寄せていることに気付いている人間はどのくらい居るのだろうか。俺は直ぐに気付いた。少し前の氷帝での練習試合中、応援席で一人座っていた彼女に目を奪われていたから、点も入れやすく好都合だったのを覚えている。

あの時は、何も感じなかったのに。

何の話をしているのだろう。丸井の方を向いている雫の口の動きは分からない。表情が微かに見える程度で、なんだか少し不安になった。


雫が丸井に、控えめに微笑む。
あかん、あかん。愛想笑いでも、そんな奴に笑ったらあかんやん。何なのだろう、ここ最近騒ぐように溢れるこの感情は。

嫉妬、

そんな単語が頭に浮かんだ。これが束縛心とでも言うものなのか?そんな、まさか。

「んな訳あらへんやん…」

俺の恋愛は、人付合いと限りなく近いもの、そんな程度なのだから。それは例え雫を相手にしてでも、その概念は変わらないはずだ。まるで自分に言い聞かせるように呟く俺はきっと傍から見るとひどく滑稽だろう。雫はきっと、こんな俺を知らないのだ。

「侑士、何言ってんだ?試合始まるぜ!」
「ああ、いや、何でも」
「試合中までピリピリすんなよ!」
「………任しとき」

ピリピリなんて、していた覚えはなかった。それ以前に、自分でその位コントロール出来るつもりだった。頭脳戦は十八番な、はずだ。
しかし、ふとした可能性が脳裏をよぎる。自分は今、得体の知れない感情が湧くような状態なのだ。気付かないうちにそうなっていたのかもしれない。恋は盲目?そんなことが、自分に限ってあるわけがないのだ。笑わせる。
でも。
それじゃあ、どうして。それじゃあ、これは。
目の前で余裕そうに笑みを浮かべる仁王と、対照的な程無表情な柳生を見据えて、試合に集中する為に少しの間目を閉じた。



冷静なんて感情は何処かに忘れて来てしまったのかもしれないな

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