透明で彩る | ナノ

 
 
「0、かな」


辛そうで、重々しいその口調で、都先輩は悲しげに微笑んだ。あたしはその場で泣き崩れて、先輩は黙って隣に立っていた。窓の外の、また、丸井先輩を見ていたのか、ただただ空を見ていたのか、何も見ていなかったのか。あたしには分からないけれど。


赤也君、あかやくん、赤也君。
あたしは赤也君が好きで。
赤也君は都先輩が好きで。
都先輩は丸井先輩が好きで。
先輩は赤也君を好きになる確率は0だと言ったのに。
先輩も、本気で。でもみんな、本気で。

多分、丸井先輩は都先輩のことを好きではないだろう。

ただの勘だけど、もし仮に丸井先輩が都先輩のことを好きなのであれば、もしくは他に好きな人がいなかったのであれば。先輩はとても可愛い。それは万人が頷くことだから。だからもしそうだったなら、もう、とっくに二人は付き合っていると思うから。

でもこれは、決して当たっていてほしくない勘。
だって、失礼な話だけどもし都先輩が丸井先輩に敗れたら、次に好きになる人は、きっと赤也君。

都先輩の一番近くで、一番先輩を見ている彼だから、意識していない訳はないだろう。赤也君に好かれていることを自負していたほどだから、少なからず男として見ている筈だ。こんなことばかり考えてしまうあたしが、あたしは大嫌いだ。

あたしは赤也君が好きだけど、欲張りにも都先輩のことも大好きで。赤也君が先輩に向ける感情論での好き、ではなくて、尊敬だとか憧れだとか、そんな感情。優しくて可愛くて綺麗で、赤也君に好かれていて。

今回のことだってきっと、悪気なんてないだろうし、心底あたしに悪いと思っているのだろう。純粋過ぎる気持ちで丸井先輩のことが好きな先輩だから、赤也君のことを男として見ていても恋愛感情なんてこれっぽっちもないのだろう。

先輩はよく恋愛の相談をしてくれた。丸井先輩のことを聞いた覚えはないけれど、今までで4人。つまりきっと、若干心移りが激しいのだと思う。

まだ本当に好きな人、というものに巡り合えていなかったといった風な印象を、年下のくせに先輩の好きな人が変わる度に受けていた。
でも今の都先輩は、丸井先輩の事を本気で好きなのだ。
もし心移りしても、今先輩のこの、丸井先輩に対する想いは今までの4人とは違うものだと言うことが分かる。赤也君もきっとそれに気付いている。丸井先輩も気付いている。けど。

それ故尚更、あたしが先輩に嫉妬する権利なんてこれぽっちだってなかったのだ。
罪悪感と、赤也君への大好きがまた、増して押し寄せてきて、あたしはとうとう大声をあげて泣いてしまった。


昨日はあのまま、辺りが薄暗くなるまで泣いていたあたしに先輩がもう帰ろう、と促してくれた。家について、ご飯も食べずにベッドに潜り込んで、目が覚めれば翌日の8時20分だった。休日だし、遅くはないけど、今日が練習試合の日と言うことを忘れていて、急いで支度をして家を飛び出た。

いつもならルンルンと歩いて行くのだけど、今日はそんな訳には行かなくて、バスじゃ遅いからとわざわざタクシーを捕まえた。
熱烈過ぎるなあ、なんて我ながらちょっと引いたけど、あたしは赤也君だけだから、あのメイクの濃いファンの人達とは少しだけ違うと信じたい。

立海、テニスコートに着けばもう試合は始まっていて、D1、仁王先輩と柳生先輩が氷帝の青と赤の髪色の人達と試合をしていた。
赤也君はS2らしくて、間に合ったと安心していたら後ろから声を掛けられた。
誰かと思い振り返れば少し気まずそうに微笑んでいる都先輩。

先輩がこう言うのに見にくることは少なくて、しかもこんな朝早い練習試合の日に見に来ることなんてないと思っていたから、ほんの少し目を細めて驚きを表現した。
珍しいですね、問えば何か急に丸井君が見たくなって、と頬を赤らめる先輩は正に乙女だった。

同時に赤也君の心情を考えてしまったあたしは、何とも急に切なくなって、そうなんですか、と笑って返事する事しか出来なかった。
見えない気持ちが、見える気がして、悲しくなる。



全て交換してしまいたいけれど

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