透明で彩る | ナノ

 
 
練習試合は氷帝が来る8時に合わせて8時30分かららしい。

ミーティング中、昨日のブン太のことについて考えていた。外のギャラリーの声が少し聞こえていた。きっと氷帝が来ると言うことも効いていつもより多い筈だ。休日(しかも、こんなに朝早く、)だと言うのによくこれだけ集まるものだと、真田が迷惑そうに呆れたように溜息を漏らす。こんなのいつものことだろう。気にしなければいい。柳はたしなめるようにそう苦笑するけれど、気にしないで済む数でもない。


ブン太は氷帝の雨月、と言っていた。

聞き覚えのある名前。つい最近いつか聞いた気がする。忍足の女の、複数いる中の一人ではなかっただろうか。そんなこと、ブン太には死んでも生きてても言えねえけど、確かそうだった筈だ。

なんで、何処で、そんな他校のことを聞いたのだろうか。噂か何かか。
ああ、そうだ、あいつだ。宍戸が言っていたのだ。彼とはどこか気が合う面があったのでメールや電話をたまにしていた。周りの個性が強すぎて手に負えねえ。宍戸がそう言えば俺は心の底から相槌を打った。そういう仲だった。そうだ。泥沼状態でやってられない、そう悪態づいた電話越しの彼の声を思い出す。本当に、迷惑極まりないと思っていることがその一言だけで伝わる様な声だった。

「あー…」
「どうした?」
「え?あ、いや、悪い。続けてくれ」
「ふむ、そうか。…では、氷帝は最近勢力が高まってきておる。油断は禁物だ。
負けなどと言う選択肢は我等王者には許されん。気を引き締めて行くように!」
「イエッサー!」

みんなの綺麗に揃った返事を聞き、満足げにと頷く真田の隣で幸村が優しく微笑んでいた。
優しいのに、その笑顔は天使とでも喩えれば良さそうなほど優しいのに、負けたりしたら承知しねえぞと言われている様な気分にさせられるものだった。

「そんなこと言われなくても、みんな真田副部長の鉄拳なんて受けたくねえっすもん、気は引き締まってるっすよねー」
「はは、だな」

そんなことを言いながら、俺達はテニスコートに出た。
前方でガムを膨らましているブン太を見て、少し悲しくなった。
きっと彼は今日もその氷帝の雨月を思っているのだろう。俺はきっと忍足を見る度に小さく俯く羽目になるのだろう。そんな、悲しい恋愛にブン太は気付いているのだろうか。気付いているのなら更に悲しい。そんな悪循環においていかれそうだ。


「(皆が簡単に幸せになれる恋愛なんてねえのかな、)」

ちょっと、気障かななんて思いながら。

それでもやはり、切ない恋と言うものは見ていられない。
ブン太も俺も、叶わない恋と言うことを自覚してかせずか、こんなの、こんなの。

神様は不平等だ。そんな言葉が似合うと思った。



たぶん自分から選択したこの世界

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