透明で彩る | ナノ

 
 
「はあ……」

景気の悪い溜息を吐き出して、二酸化炭素を無駄に増やしてみた。

「ブン太?どうしたんだよ」

あれから部活に戻ってから数十分。赤也とは全く会話をしていない。

それどころか目も合うことさえなくて、先程のストロークのペア練習の時にやっと避けられていることに気が付いた。それには俺以外はきっと誰も気付いていなくて、もしかしたら赤也自身もあまり自覚はしていないかもしれないとさえ思った。もしそれがあたっていて、アイツは無意識のうちに俺のことを避けているとしたら途轍もなく嫌われたんだなぁ、嫌だな。なんだが濁る気分が空に映ったみたいに少し雲の多い天気だった。

溜息は空に吸い込まれて消えて行ったとばかり思っていたけど、どうやらこいつには気付かれてしまったらしい。

ジャッカルがドリンクが入ったボトルを二つ持って隣に腰を下ろした。と言っても、部活中に飲まなかった分が入っているだけの軽いボトルだったが。それを受け取りながら、おうと小さく声を出す。どうもしてないですよ。なんて言ってみたところできっとこいつの目は誤魔化せない。なんだかんだいって、俺の扱いなれてるジャッカルには、おれもなんだかんだ頼っていしまいがちで。

「いや、別になんでもねえけどよ…」
「自信ねえか?」
「…まさか。有り余ってるぜぃ?」
「ハハッ、だろうな」

自信ねえか?
それが明日の練習試合についてだと気付くまでは1秒にも満たなかったが、少し困惑した。ジャッカルって、いっつも絶妙なところ突いてくるから、たまにこわいんだ。
氷帝との試合。試合場所はここ。
つまり氷帝から来るのは氷帝R等のテニス部員のみということだ。俺が待ち望む人は来ない。どうせなら氷帝でやりたかったなんて思った。西の空は少しずつ淀んできていて、なんだか雨が降りそうだった。天気予報で降水確率は10%だったから、殆どそんなこと、ないだろうけど。

「つーかさ、ジャッカルは好きなやつとかいねえの?」
「ブッ」
「っわ、吹くなよ、汚ねえだろぃ!!」
「おまえが変なこと訊いてくるのが悪いんだろ!脈絡なさすぎっつかよ…」

ギャグか何かの様に、ドリンクがジャッカルの口から噴水のように飛び散った。俺が悪かったみたいだから謝った方がいいのかもしれないけれど、謝る気もない。
自らの口から伝って、ボタボタと滴り落ちるそれをジャッカルは首にかけていたタオルで拭う。動揺し過ぎなジャッカルは、きっと好きな奴がいるんだろう。ニヤける口元を辛うじて隠す。

「…別に。つか普通だろ!俺達もう中3だぜ」
「そうか?女子はよく騒いでるけどな…」
「そんなこと言っておまえ、この間告られてただろ」
「なんで知って…おまえなんかほぼ毎日告白されてんだろ」
「大袈裟だろ、せめて週3」
「十分多いっつの」

濡れてベタついてどうしようもなくなってしまったジャージを脱いだジャッカルに抑えた歓声が湧く。素直な女子達にはもう慣れてしまって、溜息すら出ない。あいつらって、俺達のどこを見て騒いでるんだろう。テニスが強いところ?きっとそうじゃないから、嬉しいような、嬉しくないような。

「で?」

逸れてしまいそうになっていた話題を取り戻すべくジャッカルの答えを促した。
ジャッカルも忘れかけていたらしくて、ああ、と思い出したように、恥ずかしそうに。

「俺達も、もう中3だからなー」

俺の、受け売り。
ジャッカルがいたずらに笑みを零しながら呟く。

答えとは言い難いと思ったが、それはつまりジャッカルに好きなやつがいると言うことだと直ぐに気が付いた。
女子達は騒ぐことなく、いや騒いではいるが、いまだ携帯片手に何やら語り合っている様だった。ジャッカルの裸撮ってどーすんだ。あいつらからここでは距離もあるし、俺達の会話は聞こえてるはずもないのだが、それでももし聞かれていたらどうしようなんて不安になってみたりした。杞憂だということは理解している。

「うわ、誰だよ?」
「うわって何だよ。つーかお前は?こんなこと訊いてくるくらいならいるんだろ?」
「は?俺?俺はそりゃ、いるけどよ、」

ドリンクを喉から胃へ流し込む様に通す。乾いていた喉が潤うのを感じた。
俺を横目に空を見上げるジャッカルは顔が見えていないとどこが後頭部なのか分かりづらい。

「へえ、誰だよ?」
「は?な、教えるかよ。どうせ分かんねえだろうし」
「ふーん…。じゃあ俺も教えねー」

ジャッカルは興味があるのかないのか、得意げにへらっと笑うもんだからなんだかムッとした。自分たちのこの会話を聞いたら、小学生レベルだと笑うやつが多そうだ。こうして教え合うことになる下りが一般的で、俺達もそれに基いて教え合うことになる。

「あーもう言うって、氷帝の雨月雫ってやつ。ほら、知んねえだろぃ?
ジャッカルは?誰だよぃ?」
「…う、づき…?」
「え、お前、雨月のこと知ってんの?」

変な所で区切られたジャッカルの声に大きく不安になった。
いや、ジャッカルが雨月のことを知っていても可笑しくはなかった。
だって俺があいつのことを知ったのはジャッカルとダブルスを組んで忍足と向日と試合をしたあの日だったのだから。
最悪の可能性が俺の脳を過ぎり、いやいやそんなわけない。信じたくない俺の脳はそんなもの気付かなかったふりをした。けれども、ただ、なんだあいつか、の様な軽い反応じゃないせいで、俺の不安がドッと募る。

「…いや、珍しい名字だと思ってよ」
「あ、そういうことかよ。ビビったー」

で?お前は?そう尋ねれば言わなきゃダメか?と返ってきた。

「そりゃ、そこは当たり前だろ」
「だよなー。知んねえと思うけど、四天宝寺の曽我杏っていう奴」
「四天宝寺ぃ?知らねーし。つまんねー」

なんだよ遠距離片想いしやがって。俺も人のこと言えやしないけど、大阪って。会う機会すらないじゃん。
今度四天宝寺に行った時に絶対見てやろう。そんなことを思いながら俺は立ちあがった。なんだか気にしていたことが少し軽くなった気がして、立ち上がる時の身体も少し軽く感じた。

行くのか?そう問われて明日は練習試合だろ、そう笑う俺を見てそうか、と笑い返したジャッカルになんとなくの違和感を覚えたけれど、勢いよく吸ったドリンクボトルがズゾッと大きく音を立てた所為であまり気にしないままコートへ歩いた。

「はは、大きい音したな」
「気に止めんなよな小せえなあ」
「感想言っただけだろ!」
「気に入らなかったんだよぃ」
「お前ってつくづくお前だよな…」
「褒め言葉?サンキュー」
「はぁ…」



小学生レベルで失礼します



※前のページの前の日。いったりーきたーりーしてすみません。 

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