透明で彩る | ナノ

 
 
微かなバイブ音に、ちらりと携帯を見る。ドキリ。ディスプレイに表示されている名前は【山田君】だった。私の知り合いの男の子に、山田くんなんていない。あぁ、前の担任は、山田先生だったはずだけれど。

「あ、」

バイブはワンコールで止んだ。
心臓が飛び上がる様な気持ちを押さえるように笑顔を作って、一緒にお弁当を食べていた友達にトイレ行ってくる、と席を立った。急いでトイレに入り【山田君】にかけ直す。

「もしもし、侑士君?」
『ああ、はは、流石、早いなあ。いきなり堪忍な』
「ううん、全然。大丈夫だよ。どうかしたの?」

【山田君】というのはこの通り、侑士君のこと。跡部君やみんなにディスプレイを見られても大丈夫なようにと侑士君が提案して来たことだ。バカみたいだと思った。見られる機会なんてないし、別にメールとかくらいしたって可笑しくないと思うし、それに私はバレたっていい。でもそんなことは言えなかった。嫌われたくないなんて、八方美人って感じがするけれどどちらかというと侑士くんに嫌われたくないだけだから一方美人みたいな。どうでもいいことばかりが、頭を過ぎる。
学校に居る時間帯の【山田君】からの連絡は大体ワンコールで切れる。時間が空いているときに掛けてくれればいい程度の用事、という意味だ。私はその大体を気付いた時にかけ直す。今の様に友達とご飯を食べている時ならトイレ、または普通に電話してくる、と。部活の時であれば私の所属部は文化系で規則めいたものがないから途中で抜けてかけ直す。

私の最優先は侑士君。それは侑士君の最優先が私じゃなくても私であっても変わらない。それは私の最愛が侑士君でなくても侑士君であっても変わらない。こんな私をバカだと言う人は少なくないだろう。

『いや、それがな?跡部にばれてん』

俺らのの関係。参ったとでも言いたげに侑士君はそう付け加えた。ため息交じりに、それがそんなにも深刻なことなの?私は特にショックではなかった。だって、寧ろばれてしまえばいいと思ってたんだから、どちらかというと、やっとかという解放感に安堵をおぼえる。

「あ、そうなんだ」
『……驚かんのや?』
「うん…ちょっと驚いたけど、大しては。それに、ばれちゃえばもう隠さないで良いんだもん」
『ははっ、可愛えこと言うてくれるんやなあ。そっか、ならええねんけど』

可愛いこと、か。まるでバカで愚かな女みたいに振る舞う私のどこら辺が可愛いというのだろう。これが冗談じゃなくかなり本気だったらいいのにと、きっと彼は彼自身の気持ちに気付いているのに。侑士君は大人だけど、いや、大人だからというか、こういうことを聞き流しちゃう、聞き流そうとしちゃうから。侑士君は、大嘘吐きだ。舌、引っこ抜かれちゃうよ。

「でも侑士君」
『ん?』

でも、と切り出せば侑士君は聞き役に回ってくれて。それは私が今の話題で一番気になること。

「それは…跡部君と、ケンカしちゃったってこと?」
『ん…せやな。そうなるんちゃう?』
「仲直りは?」
『さぁ…、跡部が簡単に許してくれるとも思えへんしなあ』

携帯電話と遠い電波のその向こうで侑士君は苦笑していた。
仲直りして欲しいだなんて言える立場じゃないし、侑士君が仲直りしたいのならすればいいと思う。侑士君のことだから、やろうと思えば簡単に、きっとまた上手いこと私の存在を隠して跡部君と仲直りするんだろう。それはどこか、虚無で埋まった関係を象徴するような。

「…ねえ、侑士君……」

侑士君は黙ったまま。聞いてくれるということだ。侑士君は自分の立場が不利になる様な事だと思ったら曖昧に自分の言いたい事を挟んで言わせないようにする。結局、世渡り上手さんなんだ。私の様に感情だけで行動する人じゃないから。その点私はお子様だ。今だって、侑士君に感情論で挑もうとして。私の一番が貴方じゃなくても、私は貴方に愛をもらいたい。それは貴方も望んでいることと、そう思っているから。

でも、今は本心を伝えたい。

「私ね、侑士君のこと大好きなんだよ。誰よりもなんて、言えないけれど、でも、本当なの」
『…………』
「跡部君や皆に隠してでも良いよ。でも、私、侑士君に愛されたい…」

私がこんなこと言いだすから、驚いているのかもしれない。携帯からは沈黙だけ。

「今までは、他の女の子達よりも愛されてると思えてたのになんか、欲張りになっちゃって…私は、何番目なんだろって」

こんなことを口に出して言うのは初めてだった。

嫌われたくない、捨てられたくない、鬱陶しいと思われるのが怖い。私には侑士君しかいないのに。こんな私が愛されたいなんて限りなく我が侭で。

「ねえ、私は、一番だよね?」

幸せはより大きいものを求めるから逃げて行ってしまうものなのに。
ほんの少し続いた沈黙はむしろ私の耳を切り裂いていく様な。

『…雫…』
「あ、ごめん、ね」
『謝らんでええねん…俺の一番は雫や。雫のこと愛してない訳ないやん』

うん、ごめんね、ありがとう。

謝らないでいいと言われたのに、謝ってしまったと気付いて。じゃあ。そう呟いて通話終了のボタンを押した。
ちょっと一方的だったけど、これ以上侑士君と話していたらもっと我が侭を言ってしまう気がした。そんなことして虚しくなるのは私だから、その前に。


ああ、幸せだ。
けれども愛しているなんてきっと冗談。大好きだなんてきっとウソ。
大好きなのに愛すことはなくて、それでも近くに居るから手を伸ばしてしまう。
それを優しくとって貰えるとわかっているから、私は心の隙間を愛してもいない誰かで埋めようとしていて。そんなこと分かっているのに、私は逃げることしか出来ないから。



疑似的ロマンティック

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