透明で彩る | ナノ

 
 
廊下で待っていた俺のことを赤也は案外意外でもなさそうな顔で見た。この位予想していたのかもしれない。並んでゆっくり廊下を歩く。廊下に散らばる女たちがチラチラ、ヒソヒソ、小声で話し始める。うるせえなあ。しかしそんなことに構う暇もないので俺は適当なところから話し始めた。俺にとっては構うまでもないどうでもいいことで、大き過ぎること。大き過ぎてその存在の価値が分からないような、そんな子供でいるつもりはない。

「何で倉敷を庇ったんだよ」
「なんでって、そりゃ…」

言葉に詰まる赤也に、あいつが俺を好きだからか?そう問うと赤也は苦虫を噛み潰した様な表情をして肯定の一言を述べた。

なんて、なんて健気な後輩なんだろう。あぁきっと寧ろ、俺も倉敷のことがすきだったら、よかったかもしれないのに。そうしたらきっと、倉敷は幸せだったろうし、赤也は素直に俺を恨めたのに。恨まれたいわけじゃないけど、恨まれていいはずのところを我慢されるよりはいいかと思った。カッコイイ先輩はもうここにはいない。なんだか、俺が悪いみたいだ、もしかして俺が悪いのかな。よくわからないけど、赤也にとっては俺はだいぶ悪いやつなんだろう。それは中々に悲しいけれど。

「…赤也は倉敷のこと好きなのに、良いのかよぃ?」
「なんで、それ……」
「ばっか前に自分で言ってただろぃ?」
「…そう、でしたっけ…?」

そうだよ。ゲラゲラ、無理矢理に声を出して笑うと赤也は控えめに苦笑した。傍から見ると、どんな話をしているように見えるのだろう。部活の話?試合の話?ゲームの話?最近の可愛い女優の話?どれもこれも、そんな話をしていていいのならしていたいものだが。
で?そう促した。赤也はその言葉の意味を理解したらしく珍しく真面目な表情で俺を見た。

「…俺は、都先輩が好きっす。けど、都先輩は丸井先輩が好き」


そうか、

こいつは倉敷 都のことが好きなのだ。当たり前なことに妙に大きな納得を示しながら、赤也を見た。赤也は俺を見ようとしなかった。少し先の地面だけを見つめている。今、これを言ったら赤也はどんな反応を見せるだろうか。そんなことを考えた。怒るだろうか、冷静に返すだろうか、泣くのだろうか、喚くのだろうか。もしかしたら首を絞められるかもしれない。それでも仕方ないと思った。

「俺は、倉敷のことを好きでもないのに?」

色々と考えてみた割には簡単に、俺はその言葉を口にした。赤也の驚いた様なそうでないような瞳が俺を捕らえる。揺れる瞳は静かに水気を帯びていた。ほんの少し、戸惑ったのは俺の方。駆け引きなんかじゃないから、まっ直ぐすぎて辛かった。

「……じゃあ、じゃあ、俺はどうすればいいんスか…っ」

赤也は怒らずに、泣かずに、喚く事も冷静に返すこともなく、俯いてただ静かに俺に尋ねた。
尋ねた、と言うよりは自問自答の様な、曖昧なそれ。
彼が自分にそう問いかけるのはきっと初めてじゃない。何度も繰り返してきたのだろう。そして何度も答えがわからないまま目を閉じたのだろう。そして気付いた、俺は彼に何かとって、質問で返されたって、何か答えてやれる程正しくないんだ。俺達を見ていた女子たちが高い声を上げる。赤也が泣いているように見えたのだろうか。いや、本当に泣いているのかもしれない。俯いた赤也の表情は、俺にはもう見えなかった。



顔を上げておくれ

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