頂き物 | ナノ



 
 
毛足の長いブランケットに顔をうずめると、柔らかい感触が鼻先を擽って少しだけこそばゆい。衣服を纏わないありのままの姿で、春の陽気のように暖かな優しさに包まれる感覚はなんとも心地よい。
休日の朝に生クリームたっぷりの分厚いパンケーキを頬張ることだとか、夕暮れ時の空を眺めながら入るバスタイムみたいに好きなことはたくさんある。その中でも、この微睡は特にだいすきだ。この時ばかりは日々目まぐるしく進み続ける時間が、まるで止まってしまったかと錯覚してしまうくらいに穏やかな時が訪れる。それが、まるで緩やかな下降だと言わんばかりに。
蕩けるような微睡の余韻に十分に浸ってからのろのろと体を起こすと、僅かに開いたカーテンから鮮やかな橙色をした陽光にくらり、目が眩む。時刻は既に日暮れらしかった。手繰り寄せたブランケットで肌を隠しながら、飾り気のないイエローベージュのカーテンをめくり上げる。たくさんのビルの隙間に隠れるように、夕陽はゆったりと沈んでいた。オレンジを塗りつぶすように紺が押し寄せて、直に小さな星々が輝きだすだろう。薄らと浮かぶ白い下弦の月が、ぽつんと空に佇んでその存在を主張していた。
窓枠に肘をついて眺めていると、部屋のドアが音を立てないように静かに開かれる。ぶわりと充満したイチゴの甘い匂いに、お腹が切ないと言わんばかりにぎゅうっと縮こまった。
 
「なんや、起きとったんか。日も落ちてきたし、いい加減なんか着んと風邪ひくで」
「蔵。おはよう」
 
おはようさんと微笑んだ蔵の片手には、小さな小皿とスプーンが乗ったお盆。匂いの元に私は嬉しくなって、ベッドの隣にある折り畳みテーブルの前に腰を下ろした。同じように蔵も目の前に座る。テーブルに置かれたお盆から、甘い匂いが薫る。
蔵の作るジャムは甘さが控えめだがほどよく甘酸っぱく、私の大好きな生クリームたっぷりのパンケーキに添えると一段と美味しい。蔵が作るものはどれもおいしいけど、一番好きなものはと聞かれたら真っ先にイチゴジャムが思い浮かぶくらいには、蔵のイチゴジャムがお気に入りだ。ただし、イチゴジャムはコストが掛かるからとなかなか作ってくれないのが難点だった。
 
「蔵ノ介クン特製イチゴジャムや。好きやろ?」
「だいすき! でも、珍しいね。蔵がジャムつくってくれるなんて」
「あー、ほんまは秘密にしよう思ってんけどなあ…どうせなら一緒に作った方が楽しいやろうし」
「何か作るの?」
 
蔵はにっこり笑って、ジャムを一口分掬ってそのまま私に差し出した。鮮やかに光る紅を乗せたスプーンが、唇に触れてひやりとする。口に入れると、甘酸っぱさに口の中がキュっと引き締まる。鼻から抜ける濃密な甘さと、舌に広がる甘さ。口の中が溶けてしまいそう。
 
「スポンジにこのジャム挟んだケーキ作んねん。うまそうやろ?」
「すごく! …んっふっふ、ケーキですか〜。それってつまり〜?」
「ま、そういう事や」
 
どこか照れくさそうに蔵は笑う。そうか、だから珍しくジャムを作ってくれたのか。嬉しくなって笑えば、蔵はしょうがないとばかりに両目を瞑っていた。蔵の長い睫毛が伏せられた時は、やけにドキドキしてしまう。瞬きをする度に、ふるふると揺れる睫毛が踊っているみたいだとも思う。蔵の顔のパーツはどれも素敵だけど、やっぱり目元が一番すきかも。私の中で常日頃圧縮されている、愛しいという気持ちがパチンと弾ける音を聞いた。
 
「くら」
 
机から乗り出して蔵の唇に啄むように吸い付く。ちいさなリップノイズに少しだけ瞠目した蔵は、そのままお互いの鼻が触れる位置にあった私としばらく見つめ合う。光が透けるみたいなきれいな瞳越しに見る私は、どことなく熱に浮かされたみたいな眼をしていた。いやらしい女。蔵にしか見せない私の顔、ただの女の私。蔵はぺろりとわたしの下唇を舐め、そのまま柔く食む。蔵の手が太腿に伸びたかと思うと、そのままペチリと叩かれる。吃驚したあまり勢いよく体を離せば、蔵は子供を叱るみたいに腰に片手を当てて、もう片方の手で私の下着を握っていた。急激に燃え上がっていた何かが萎んでいくのを感じながら、大人しく受け取って足を通す。蔵がこういう人だということは遠の昔に分かっていたことだから、萎えはするもショックはなかった。嫌な慣れもあったものだと内心自分に呆れつつ、近くに脱ぎ捨てられていたジーンズを手繰り寄せる。
 
「なあ自分、いい加減上隠さへん?」
「そうねー。ていうか蔵、私聞いてないよ?」
「服着てへん子に言う言葉はありませーん」
「蔵が言ってくれなきゃ、何か着る気になんてなれないんだけどなあ」
「…しゃあない子やなあ、ほんま」
 
口ではそう言いながらも、蔵が優しい顔をしているのは知っている。声色だって、蕩けるように甘い。
 
「お誕生日おめでとさん」
 
蔵が私の背中の色素の薄い産毛に口付ける。ほのかに冷たい唇と熱を持つ吐息の温度差に、首筋の骨がツキリと軋むのを感じた。駆け抜けるそれは少し、背徳に似ている。
 
 
砂糖で煮詰めた幸福理論
 
140329 なゆた
テニスの王子様;白石蔵ノ介
happy birthday Hanamoto!!

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