頂き物 | ナノ



ふう、と息を吐く。じっとりとした空気に当てられて、頭が熱に浮かされたみたいにクラクラする。額に滲んだ汗を拭いとり、足にひっかけたサンダルをぱたぱた鳴らしながら歩く。
──夏がやってきた。そう思った。時期的には梅雨明けもまだの筈なのに、世界は夏の色に染まり、夏のにおいをしている。待ちきれない街中は、既に常夏の装いだ。
家のガレージに置いてあった自転車は去年の梅雨に雨晒しにあった為にだいぶ錆び付いていて、ペダルを踏むたびぎいぎいと不快な音を立てる。そのうち腐食してしまいそうだ。
刺すような太陽の元、海岸沿いのテトラポットに沿うように車っ気のない車道を自転車で走り抜ける。緩やかに下る坂道に身を任せていると、テトラポットの上に座り込む金髪を見つけて私は慌ててブレーキを踏んだ。甲高い音と共に私は叫ぶ。
 
「りーん!」
「うっわうっさ! やー、その自転車買い替えろ」
「いーや。まだ乗れるって」
「でもそれ腐ってるさー」
「あと二年くらいいけるっしょ」
 
ぐるぐると足先でペダルを回せば、自転車はぎいぎい軋む。凛は耳を抑えて、じっとりと私を睨んでいる。歯を見せて笑えば、凛は不機嫌そうに私の頭を小突くのだ。
実際問題、そろそろ買い替えなければいけないのも確かだった。けれどどうせあと数か月で不便な中学生活は終わるのだ。高校は悠々と徒歩通学になる予定なので、そのうち中古で折りたたみ自転車でも買えばいいかなと思っていた。中学校は自転車の規制が厳しく、折りたたみは原則として禁止されている。そんなことをするくらいならばもっと自転車屋を増やしてほしいのは、中学生の本音だった。近所の自転車屋は、一年前に店主のおじいちゃんが亡くなってつぶれていた。
 
「あーくそ、不便だなあ。本土帰りてー」
「やー、それびけーん」
「びけーん?」
「そればっかってコトさぁ」
 
自転車を止めて、海を眺める凛の隣に座る。銀色のアイポッドに刺さった白いイヤフォンを片方奪い取り、耳にはめる。流暢な英語を歌う女性の声が流れていて、記憶の片隅から彼女の名前を引っ張り出した。
 
「あー、テイラー?」
「正解。“We Are Never Ever Getting Back Together”」
 
凛が言う通り、たしかにそんなタイトルだった気がする。私は邦楽も洋楽もロックバンドばかり聞いているが、凛は洋楽もよく聞いていた。テイラーだって凛が特別好きだというから、私も少し聞いたりするけど、やっぱり意味の分からない英語は耳からすり抜けていくから洋楽は得意じゃない。
私たちの出会いなんて、それこそ特別なものでもない。同じ中学で、同じクラスになって、偶然同じバンドがすきだった。それだけだ。でも、それだけでいい。凛が一番近い女子は、たぶん私。今はまだ、それだけで十分だ。
見上げれば、うざったいくらいに青い空。見渡す限りの青い海。空気は新鮮、電車の本数も少ない。移動は自転車が主流で、塗装されてない砂利道が多かったり、雑草が生い茂っていたり。耳からは、馬鹿なことを繰り返す馬鹿な女と馬鹿な男の歌。
10歳の時におばあちゃんが病気して、それからは二世帯で沖縄で暮らしている。それまでは東京のコンクリートジャングルで都会っこをしていた私にとって、沖縄という隔離された世界はひどくせまくて窮屈だ。この小さな箱庭は、私を飼い殺しにする檻にも思える。
 
「私さぁ、将来はワールドワイドな女になりたい。世界レベルの女ってやつ?」
「うぬ時や、世界レベルさんって呼んでやる」
「そうよ私は世界レベル!目指せナンバーワン!ゴーゴー宇宙!」
 
うだるような暑さとか、鋭い紫外線とか、開放的な季節とか。色々なものに浮かされるまま、私は空にこぶしを突き上げる。そんな私に、凛は呆れたように笑っている。やー、ふらーだな。楽しげな言葉が、セミの鳴き声と一緒に夏の空気に溶けた。
 
 
フライング・サマー・ワールド
 
 
131212 なゆた
花本さんへ捧げます。気づいたら世界レベルとかぶっこいていた。あの…絶賛雪降りなんですけど…せめて気分だけでもさまあばけいしょん、です(言い訳)
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