きみはだれ。私に向かって優しい目色でそう問うた綱吉は、私の知ってる彼じゃない。 段々遠くなる銃声は一人また一人と人を殺しているのだろうか。彼らは、そんな死屍累々の真ん中で生きているのだろうか。私はどうして、ここに立っているんだろうか。 そういえば私がさっき立っていた土の上は夕方だったのに、窓の外は真っ暗だ。廊下は明るいから、分からなかったけれど、ちょっと遠くの窓から月の端がチラリと見えた。 「わたし… 私、マフィアじゃないんです」 「うん」 僕らがマフィアってこと知ってる人間がマフィアじゃないなんて、ばかげた嘘だよ。いつのまにか私達と少し距離を取った位置の壁に寄り掛かっていた雲雀さんが、呟いた。 「私、ここの世界の人間じゃないんです」 「うん」 何言ってんだ。獄寺君が、吐き捨てた。あれ。もう宇宙とかに興味ないのかな。というより、信じてくれないだけか。 「普通に、女子高生やってました」 「うん」 綱吉は、平然と。 「でもあなた達のこと、知ってたんです」 「へぇ」 少し面白そうに、 「ずっと、どんな人かとか、マフィアとか、リングとか」 「うん」 なんでもなさそうに、 「それで、気が付いたらここに立ってました」 「ふぅん」 面倒臭そうに。 はぁ、溜息は綱吉のものではなく、その右斜め後ろに立つ獄寺君のものだった。あああ、どうしよう、獄寺君、健気で大好きなのに。こわい、こわいなぁ。雲雀さんは思ってた通り、そして予想以上に冷徹そうだった。よく考えたら、私はもう少しで死んでたんだ。どうしよう。崩れていくのはイメージ。私は彼らに手前勝手な印象と妄想を無理矢理故事付けてた。全部彼ら自身とは別物だったんだから、崩れるのは当たり前なんだけど。 「10代目、どうしますか、こいつ」 「うーん…まぁ、とりあえず、」 綱吉の形の良い唇がゆっくりとかたどる言葉。その一つ一つは不思議なことに、クラシックのように耳に溶け込んでいった。 「残念だけど…信じることは、できないな」 幼さの残る頬に笑みをたたえて。ああそうか、これが当たり前か。私が可笑しいんだ。迷い込んだこの世界が夢か現実かどうかすら、分かってもないような。私が可笑しいんだ。どうしよう、今すごく、悲しい。 ベルト辺りに触れてカチャカチャと音が鳴る。拳銃でも構っているのかな。14歳じゃなくなった綱吉は私より年上っぽいとはいえまだ二十歳前後だろうに、凶器で人を殺すのだろうか。紙面の中の彼のように、敵に攻撃する時、人が死んだとき、まるで自分の身体が痛むみたいに苦しそうに眉間に皺を寄せる彼は、もうどこにもいないのだろうか。あの彼さえも全部、私のような人間が描いたただの"漫画"だったのだろうか。 「……で、ですよね…」 例え見当違いの偶像を抱いてここに来た私が悪いのだとしても、こんなの。こんなの。 なんとか踏ん張っていた両足ぐらり。膝カックンみたいな衝撃と一緒に赤い染みの目立つ廊下に座り込む。ぼたっ。意図せず涙がぼたぼたと大袈裟な音を立ててプリーツスカートを濡らした。 「…なんて。うそだよ」 「えっ」 私と獄寺君の声が重なった。イタズラっ子のような笑顔は私に向けられているらしい。やっぱり全部漫画とは違う。あまりにも掴めないその笑顔に思考が追いつかなくて涙は止まらないままだ。私と視線を合わせるように屈みこんだ綱吉の細い指が目元に触れた。王子さまみたいだとか、思った。 prev//next |