それは私が想像するような世界じゃなかったんだ。 気が付いたらそこに立っていた。ふわりと浮いた気がした体はいつの間にか今まで立っていた自分の家の庭ではなく見知らぬ長い廊下にあったのだ。 どこだろう。なんとも不可思議な出来事に上手く回らない頭はたぶんパニックを起している。だって。 ドタバタと足音、銃声、爆音、絶叫、また銃声。私の鼓膜はそんな大きな音ばかりで揺れた。それ以外の音が何もなかったから。目の前の廊下はところどころがベットリと赤かった。たくさんの人が転がっていて、それが死体だと言うことくらい一目で分かった。悲鳴すら声になりきれない乾いた音が喉を裂いた。 瞑ってしまいたい瞼に耐えながらよく見れば、広くて長くて立派な廊下は血や死体がなければとても綺麗なのだろう。扉の一々の造りが遠い外国を思わせた。ここは日本じゃないのだろうか。倒れている人はほとんど外国人に見えるが、黒髪もちらほらあった。いつか見たような気がした光景によくできた映画だなぁなんて、そんなとぼけた現実逃避ももはや許されないみたいだ。血の臭いが鼻について、軽く吐き気がした。 銃声は近いけれど、運のいいことにその廊下に生きた人間は一人もいなかった。とりあえず声を出さなければ暫くは気付かれないかもしれない。考えよう。私はなんでここに立っている?庭での出来事を出来る限り思い出す。そこに答えがあるのは分かっていたのだ。 私は花の水遣りをしていた。春にはヒヤシンスが咲くはずの花壇だった。風が緩やかに頬を撫でる。こんな穏やかな日には妄想に限るわけなのだ。 「はぁあ、いつまで経ってもトリップできないなぁ」 痛々しい上に馬鹿らしいなんて自分でも分かっていた。信じ切っているような半分冗談なような。そんな中途半端なお願い事を友達と笑いながら何度もしたものだ。 そう呟いた時、浮遊感に包まれる身体。私は貧血か何かで倒れるのだろうかと面白みもなく思考した。 「…ああ」 時には神様、時には仏様、時には七夕の夜空に。誰かれ見境なくトリップできますよーになんて、そんなに罪深い願いだったのだろうか。 もしかしたらと、そう思った。それならば、すべて納得がいく、けれど。 「トリップとか、しちゃったのかな」 血まみれの廊下で一人、冷静に馬鹿げた思考回路を回して立ちすくんだ。やったあ夢のパラダイストリップいえい!とは、思えるはずもなく。あああもう、いっそ貧血で土の上に顔面からぶっ倒れてた方が良かったのに。 あぁどうしよう、もしトリップだとかそんな展開だとしても、とりあえず此処は明らかに危険だ。私の死亡フラグをへし折れる確率は果てしなく低いんじゃないだろうか。 これが本当に夢にまで見たトリップだったなら、いやそうでなくても、例えこれがただのリアルな夢であっても。 嗚呼神様仏様、織姫彦星様または魔王様様様。 こんなの望んでいたわけじゃないんです。 prev//next |