ブルーロマンス | ナノ


次の日、朝ごはんを食べてから散歩に出た。歩いてみると慣れたあの日本との違いはほとんどなくて居心地は悪くなかった。初めて訪れた街を歩くようなものだった。誰もが他人で、私だけ何も知らないという現実を見なくていいような。足音だけがたくさん響く。切れ切れに色んなところから会話の断片が耳に届くけれど、例えば誰かが格好良いなんて、なにもひとつわからない話で。
聞き耳なんて立ててしまう私が悪いのだけど、そうして色んな情報を断片的に脳味噌に取り入れてゆくうちに、どうしても色々考えだしてしまって、段々と居心地が悪くなってくる。あの女子高生数人組の携帯を片手に歯を見せて笑うあの子には仲良しの子がたくさんいて、あの携帯電話の中には膨大な数の人脈が詰め込まれているんだと思うと、とうとう恐れていた疎外感に苛まれて。それは久しぶりの、迷子の気分だった。
ああ今のわたしは迷子なのか。そう思うと納得がいった。

ホテルでの宿泊費すらも払えない状況の私なのにお腹をすかせても申し訳ない。もう三日目だというのに私には何もできないままだ。広い部屋、ふわふわのベッド、おいしいご飯。手元にある不自由ないすべてが人に頼ったもの。出来る限り大人しくしていなきゃいけないと言い訳をしながら、街から逃げるように部屋に戻ると部屋の備え付けの電話がピカピカと光っていた。近付いて見てみるとどうやら留守番電話の録音データがあることを報せているようで、ホテルの電話に留守電?なんて疑問を残しつつ再生ボタンを押す。

『リボーンだ』

ドキリ。その声はアニメで聞いたあの個性的な高音ではなく、大人の男性特有の低い声で尚更心臓が跳ね上がった。赤ちゃんじゃない、リボーン。元の姿。漫画でもチラリとしか見たことがない姿。どうしようなんて取り乱して一度留守電メッセージが聞き取れなかった。スーハーと深呼吸で半ば無理矢理に気持ちを落ち着けて、もう一度、再生ボタンを押した。

『俺のことも知っているんだろう。明日の6時にお前の部屋に迎えに行くから顔洗って待っとけよ』

それから私がフロントに走ったのは言うまでもない。

「目覚まし時計みたいなものって、貸してもらえませんか?!」


彼は忙しいのだろうからその時間を割いてくれると言うだけでとてつもなく申し訳ないけれど、6時って妙に早いし、何で私の部屋に来るのかなにもわからないし。何より、『迎えに行く』ということはそれから何処かへ行くということではないだろうか。
どんなことがあっても備え付けのパジャマ姿で出迎えてはいけないとか、よく見たことがない大人リボーンといよいよ会ってしまうのだなあとか考えていると、急ぎ足の緊張で上手く寝付けなかった。

目が覚めたのは5時から数分経ったくらい。緊張して、目覚まし時計の5時15分よりも少し早起きをした。言われたとおり顔を洗って、それしかレパートリーのない今や懐かしく愛しいくらいに感じてしまう通っていた高校の制服に着替える。リボーンの前で、いや、リボーンさんの前に出るのにこれでいいのか?と思ったけれど、なんだかんだ思うだけで、ヘタな服よりも制服の方が畏まっている様な気もするし。今の私はそれこそヘタな服すら持っていないけれど。

顔を洗って着替えを済ましたって約束の時間まであと30分以上ある。異常な緊張感に頭が痛くなってきて、どうしようもないからシャワーを浴びることにした。浴びて髪を乾かすだけなら急げば20分で済むはずだ。
なんて、思いつつも気が急ぎすぎたようで、10分足らずでシャワールームを出て、ごうごうと音を立てるドライヤーで髪を乾かした。前髪を整えて制服に袖を通すと丁度時計の長針が6を指していることに気が付く。



「…聞いていたより随分ガキじゃねえか」


リビングに戻ると既にその人影はあった。黒いスーツに黒い帽子。その姿はそのまま黒い影のようで、シルエットは針金のように細いけれど、弱々しさなんてものは欠片も感じられない。


「お前が、みょうじなまえか」


いよいよトリップ染みて来たなぁなんて頭の中は呑気だった。
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