ブルーロマンス | ナノ


山本さんに聞かれたことは次の通りだった。

前にいた世界というのが過去や未来なのか、それとも異次元なのか。それは日本であったのか。並盛という町などはあったのか。
これは異次元で、日本で、並盛なんて存在しないと伝えた。なぜそう言いきれるかと問われて、口ごもった私に山本さんは言い難いなら無理に言わせないと笑ってくれた。それ自体はどうしても知りたい事ではないのかと気付いて安心しなかったと言えばウソになる。
そして、なぜ自分達の存在を知っているのか。
これもまた、説明のしがたいことだった。漫画でした。貴方達はいわゆる架空の、紙上の生き物だったんです。そんなこと言いたくなかった。いつか詳しく聞かれることではあるのだろうけど、出来ればしばらく追求されたくない。ありのまま答えればいいのは分かっていたが、やはりそんな素直に全てを喋っていいものかと躊躇われた。とりあえず、違う形で存在していたんですと伝えれば、山本さんはパラレルワールドとか、それに似たようなものなのかなんてぼやいていた。わたしはどれが自然だとか辻褄が合うだとか、そんなことを考える余裕なんてなくて。暖かい部屋の空気と深く腰の沈むソファに似合わない緊張を拳に握っていた。

他に、戸籍だとか前の暮らしだとか家族だとか。そんな話をした。洗いざらい調べたそうだけど、私に関するデータはこころもち程度の戸籍情報だけだったそうだ。戸籍がある。私にとってせめてもの希望にも感じられた。しかし、都合が良いのもその程度のようで、家族だとかそういう繋がりのデータがほとんど存在しないのだという。住所もあやふやで、言うなればホームレスのようなものだと説明された。中学校までは色色なところを違和感があるくらい頻繁に転々としながら卒業しているそうだ。都合はいい。けれど具体的にこれからの私にとって何になるのか分からない。義務教育を終えた記録はあっても、この世界の中学校の記憶なんて、友達なんて、そんなのないのに。
そういう話を聞いたり話したりしているうちに、本当の不安が口から零れた。


「…わたし、これからどうやって生きていけばいいんでしょうか、」


たった16の小娘がこんな規模の大きなことを口するのは何処か現実味が薄かった。けれど、これが全て。
ここにずっと住まわせてもらうわけにはいかない。帰れるのかもわからない。どうしてこうなったかもわからない。戸籍は都合良くできているとはいえ、それは社会的に生きていきやすいと言うだけで。それがなんだというのだろう。お金も、住む家も、頼る人も通う学校も明日着るものだって、なにもないのだ。

突然真面目に切り出した私に、山本さんは少しだけ呆気に取られたみたいだった。どうやって生きていけばなんて、山本さんは考えたことあるかなあ。でも、すごい環境にいるんだし、何度も考えているかもしれないなあ。じいっと見つめながら考えていると、山本さんはふわっと笑って、私の肩をぽんと叩く。


「落ち着くまでここに居ていいから、一緒にゆっくり考えようぜ。あそこに着いたのも何かの縁だろ、なっ」


そうやって励ましてもらって頼らせてもらうことしか出来ないんだと思うと切ないけれど。戸籍があるならバイトくらいできるかもしれないと思った。
花壇の前で、あんなバカなこと口に出したりしなければこうはならなかったのだろうか。今は何を思っても遅いし、夢であるという可能性はまだ捨てきれないでいる。捨てたくない。夢であってほしい。長い夢。でももうそろそろ、そんな希望も希薄である。


「……ありがとうございます、ごめんなさい」
「女子高生だろ?あんまり悩むなよ」
「女子高生関係なくないですか」
「ははは、まぁ、禿げちまわない程度にな」
「、はい。ありがとうございます」
「おう!」


それじゃ俺は行くな。腹減ったらなんか頼めばいいし、気分転換に散歩でもしたらいい。
最後までにこやかだった山本さんに何度目か分からないありがとうございますを添えて手を振って、「お気を付けて」なんて言ってみたけれど相手はいくら穏健派であろうと銃刀法違反上等なマフィアで。滑稽で笑えたけれど、少し元気になったような気がした。言われたとおり、明日は散歩にでも行ってみよう。
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