ブルーロマンス | ナノ


ひとしきり笑ってから、山本さんがあぁそうだったなと内線電話を手に取った。

「昨日から飯食ってないんだろ?」
「あは…、気が付いたら寝ちゃってて」
「ははっ、あるある。嫌いなものとかは?」

制服のままなことに気が付いて、苦くなければ大丈夫ですと曖昧にそう答えて。昨日はあのまま、シャワーすら浴びてない。スカートの皺を気にしてやっとベッドから出ると今度は窓に映った女の子らしからぬ寝癖が気になって手櫛で適当に撫でつけた。僅かに痛む頭はたぶん寝過ぎたからだろう。我ながらなんだかとても情けない。
それにしても、山本さんはなんでここに来たんだろう。これだけ待ってくれてたんだし、まさか起こすためではないはずだ。そうしてボーッと考えていると、ペコペコな私のお腹を満たすため、なにやら手短に電話をし終え私を振り返る山本さんと思い切り目が合った。私が見てたんだから、目が合うのは当たり前だけど。
目が合ったまま少しの間ができて、一瞬キョトンとした山本さんはすぐに顔を綻ばせる。白い歯が見えて朝のテレビに出られるレベルだなと感じた。

「飯な、タイミングが良かったみたいだぜ。すぐ来るから、その間に顔でも洗ってきたらいい」
「あ…はい、いってきます」

何歳か分からないけれど凄く落ち着いていて大人に見える。そういえば漫画で見たときにどうしたんだろうなんて思った顎の傷が見当たらない。これから何年かの間に、きっと戦いで付く傷なんだなぁなんて思うとなんだかこわいし複雑だけど、顎に気を付けてくださいとも言い出せず。
備え付けのなめらかな楕円形の石鹸を手の中で泡立てて顔を洗う。冷たい水で流せばふっと気持ちが澄んだような感覚。なんだか良い木でも使ってありそうなこれまた備え付けのヘアブラシで髪を梳かしながら鏡で自分の見た目に変わった所がないかを確認した。
もしかしたら美人加工なんてしてくれてるんじゃないかと思ったけど、さすがにそこまで甘くなかったみたいで。変わり映えのない自分の顔をパシパシと両手で軽く叩いて戻ってみると、丁度お料理が運ばれているところだった。お昼時だからなのか、本当に早い。
見るからに美味しそうな料理たちに私が目を輝かせながら椅子に腰かけると同時に、料理を運んでくれた人達がお辞義して出ていった。山本さんもお昼はまだみたいで、向かい合わせの椅子に座っている。

「いただきまーす」

一緒に手を合わせるとますます不思議な気分になる。寝ても覚めてもやっぱり変わらない目の前で繰り広げられるこの世界は特に表立った異常もなく一日24時間で回っているらしい。まぁ、裏で何が起こっているのかは知らないけど。
過度の現実逃避をするほど現実に絶望していたと言うわけでもないし、漫画では描かれてなかった世界観が私の妄想の中で出来あがっていたわけでもない。初っ端から殺されかけたりとトリップにしては危険すぎると思えば、現状的には一応都合の良い転がり方をしているような気もする。

「うーんん…複雑かつ中途半端…」
「ん?口に合わなかったか?」
「えっあ、いえ。すごくおいしいです!」

本当に美味しいお料理を笑顔で頬張れば、それなら良かった。綺麗に口角を上げて見せる山本さん。そこでふとさっきの疑問を思い出した。

「あの、そういえばなんですけど」
「ん?」
「その、今日は非番?なのにわざわざここにいらしたのって、なんでかなって…私の様子を見るためだけ…ですか?」
「あー、いや、それもあるんだけどな」
「…なんでしょう」
「…いや、俺ってまだ慣れなくて取り引きとか苦手でさ。ツナも俺にはほとんど頼まねえくらいなのな」

こんな小娘にも気を遣っていてくれていたみたいで、彼は一息ついてからそう前フリを置き、困ったようにくしゃっと笑った。
取り引きが苦手な、つまり小難しい話題やそれを切り出すことを得意としない山本さんがなぜここに寄越されたのかと考えたら、こうやって優しく気を遣える人だからだろう。もしかしたら本当に非番だったからという理由だけかもしれないけれど、今日の非番がもし獄寺くんや雲雀さん、もしくは骸とかだったならここに来させない気がした。だって殺される。
どうしたって私は一般人で、どうしたって彼らの立たされている現実に怯えてしまうから。そんなことを考えると思わぬ気遣いが垣間見えて、聞かれたことは正直に話そうと思えた。
それを狙っていたのか察したのか、山本さんは少し困ったような苦笑はそのままに「…まぁ」と、懐からメモ用紙を取り出す。

「簡単に言えば事情聴取ってとこなんだけどな」
「色々…おかしいですもんね…?」
「はは、まぁそういうことだな」
「でもあの、私、沢田さんには一応お話したんです…けど…」
「あぁ。俺もツナから聞いたぜ。獄寺はたわごとだってブツクサ言ってたけど、とりあえずツナと俺は信じてる」
「どうも、ありがとうございます」

私は存在しないはずなのだ。誰かの懐かしい記憶を尋ねても、私はどこにもいないのだ。もちろんそれは戸籍とかの記録上でも言えることなのだろうし、家族とか、友達とか、ご近所さんとか、なんにもない。ここでの私は天涯孤独で、誰もが私の存在を証明出来ない。言うなればふわふわした幽霊や幻影のようなものだろうか。あ、骸みたい。

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