それがぼやけるほどの距離だった。
近くて心臓が止まりそうなんてものじゃない。
むしろ、心臓が脈打つスピードに体がついていかない。ドクドク、音が聞こえてくるようだった。裏庭。木陰。その場所はこの学校のジンクスが宿る、いくつもの嬉し泣きと、数え切れないほどの失恋の足跡が重なってるいわゆる告白スポット。
声が出てこないというより、言葉すら頭にも浮かんでこない。
脳がじわりと汗をかくような。セミの鳴き声に浮かされてなにも考えられない。
ついこの間まで誰よりも白く透き通っていたはずの、誰よりも早く日焼けし始めたなめらかな肌が近すぎて呼吸すら忘れてしまいそう。
触れそうで触れない距離で指が止まる。
「ココで告ると幸せになれるんじゃって。
ようけココに呼び出されゆうと思っとったけど、あん子らぁはみんな願掛けしよったんじゃなぁ。
俺がそのジンクスを知らんかったけえ、誰も幸せにしちょらんけど…おい、聞いとるんか?」
珍しいくらいにべらべらと饒舌だ。特徴的で胡散臭いいろいろな方言を織り交ぜたような喋り方。きっと彼も熱に、セミの鳴き声に、空の突き抜けるかのような青さに、浮かさている。
「なあ、なまえ。俺もココで告ると幸せになれるんかのう」
数々の女の子の信じたジンクスは裏切ってきたくせに、随分と都合のいいしたり顔だった。
「熱中症、なっちゃいそうなんだけど…」
返事にもなっていない返事に、彼が輪郭線をぼかす距離で微笑んだ。
頬に触れた手が、夏よりも熱かった。
輪郭線