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あなたの中の私なんて、枕元で伏す紙切れ同然の存在なのかな。



 さいごのよるだよ



もしかすると、そんな紙切れよりも小さな価値しか私にはないかもしれない。いや、それが当たり前だ。彼のからだがほしかったとか、そんな単純じゃなかった。けれど、わたしの高望みは叶うはずもないし、少しの努力で手に入る無意味で単純でたまらない行為に魅力を感じないわけはなかった。憧れの、美しい人なのだから。わたしは汚れた方法でそんな彼を汚していたのかもしれない。そしてそれはすべてが正しく、低い方へと流れていく。

シンはBLACK STONESに一番新しく入ったベーシスト。わたしはいわゆるバンギャってやつで、北海道にいた頃からブラストへの出費を厭わなかった。曲も演奏も歌声も雰囲気もすべてに魅了されていた。バイトで稼いだお金の殆どがそうやって消費されていった。度重なる差し入れに心配するメンバーには年を偽って19ということで覚えてもらっていた。でも、高校卒業の少し前に、ブラストが東京に行ってしまって。すぐ、就職を言い訳に私も飛んだ。それからすぐの新メンバーのお披露目。あまりにも衝撃だった。レンに似たベース、端正な容姿、柔らかい物腰、底が見えない魅力。今思えばそれだけだったのかもしれない。シンはすでにバンドに馴染んでいて、ファンにもすぐ受け入れられていった。
わたしはすぐに彼に呑まれた。誰か固定で好きだったわけじゃない、バンドが本気で好きなんだと思って追ってきたけど、彼に出会うためにわたしはこのバンドを見てきたのかな。そんなわけ、ないんだけど。

そして間もなく、シンについての噂がほんの一部のファンの中だけで染みが広がるように小さく小さく、広がる。ファンと寝るなんてことはバンドマンにはよくある話だけど、そうじゃない人とも、愛でも遊びでもなく。商売として寝るのだという。ファンとのツナガリがつまらない肥大化をした質の悪い噂だと、その話はすぐ断たれた。でも、わたしはそれに賭けたのだ。それが間違い。あとから何度も繰り返すことになる、間違い。ありきたりなファンレターの最後に可愛く撮れたと思うプリクラを貼って、携帯番号を記した。それだけならよくいるファンかもしれない。『あなたを売ってください』何のアクションもなかった時は、よく読まずに捨てられたとかそういうことなんだって言い訳したくて、英語で書いて、封を閉じた。

手渡した翌々日。着信。知らない番号。短い会話。それから幾度となく繰り返される、安くて惨めで幸せな夜。意味のないリップサービスだけの愛を買って、彼に愛はあげられなくて、何度も後悔して、それでも偽りの愛の言葉を何度も。そうしていても、小指の糸は紡げない。ああ、一曲書けそう。つまらなくて薄っぺらい、不倫の歌みたいになるだろう。


ピロートークというには単調だった。
ホテルにいって、そんなこともせず眠ることも多かった。毎回金額は同じ。設定されているわけじゃない。最初に渡した額と、ずっと一緒。
前払い出来たらいいのにって、今日来る前に思った。いつまでも汚いって、わかってる。それでもいつもより膨らんだ財布。どうしても縋りたいという気持ちは拭っても拭いきれなかった。


「ねえボクら、デビューするんだ」
「知ってる、すごいね」
「だから、もうあんまりこういうのできない」
「…わかってる、今日がさいごのよるだよ」


ありがとうと言った彼が今までで一番理解が出来なかった。白くて細い腕に似合わないかたい指で、赤い糸の紡げないその指で、わたしの髪を皮膚を滑るように撫でる。どうしたらいいのかわからなくて、まぶたをおろした。わたしの指先も彼の脇腹にあるのに、撫でられるたび、感触が薄くなっていくような、意識が遠くなるような、眠気みたいなものがあった。こうやって忘れられたらいいのに。いつかこうなるって、はじめからわかっていたことなのに。お金なんかで換えられるものじゃないとわかっていた。でもわたしにはこれくらいの術しかなかった。ありがとうなんて、わたしのセリフじゃないか。こんなわたしのぎこちなくて痛々しい片想いにあなたの時間を言葉を、わけてくれて。あいしてるなんて伝えたくて伝えられなくて、わたしももう一度だけ、彼の髪を皮膚を、ゆっくりと撫でた。いつかあなたも、こんな汚い偽物じゃなくて、本物を見つけられますように。あいしていました。そんなきもちも、伝えられなくて。




 
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