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優しい音楽と優しい雨と、それと優しい君の淹れる特製のミルクティー。







幸せな夢を見た日はひどい雨音で目が覚めることが多かった。今朝もそうだ。偶然だろうか、もしかすると僕自身がそんな日ばかりを覚えているだけなのかもしれない。
興醒めだとは言わないし、この静けさが嫌いとも言わないが、朝なのに暗い外の景色はとても爽やかとは言えなくて、一人きりのベッドがひと際空しく感じるのは確かだった。雨音以外の音がなにひとつない部屋は、しんとしており時間の感覚を失っていくような気さえして。
時計の針は6時過ぎを指す。今日は日曜だ。学校も、大した用事もない。曜日に関係なく早起きが習慣だが、今朝の雨はまるで夜のようだから、脳内に残る眠気で再び全身を覆って浅い眠りに就く。二度寝の朝は夢を見なかった。


母親のようだと言うとあまりよい感じはしなかったかもしれない。けれどそんなひとだった。
自分には母親による記憶が極端に少ないが、たしかこんな風だったなと、そのひとと居る時には幾度となく感じていた。寄り添うことの安心感は、しっとりとした静かな夜のようで、言葉にはしなくとも好きだった。そんな日は彼女が淹れるミルクティーを飲む。ミルクから煮出すロイヤルミルクティーは砂糖や蜂蜜などの甘みを控えて、ほんの少し渋みを残して作る。けれど今はもう、その味も思い出せない。レシピだって彼女しか知らないし、舌でわかるほど僕の味覚はよくなかった。
思い出補正とはよく言ったもので。あの夜やあの味の鮮明ではない記憶も、どんどん過去になり現実以上に色付いて、手の届かないところで一層鮮やかに輝くものだから皮肉である。
高校で出会った彼女は大学が決まったと僕に伝えて、そして同時に別れを告げて、それきり連絡がつかないまま。どこの大学なのかと訊ねれば、受かったら教えるねなんて言っていたくせに、それすら知らせてくれないまま、それが当たり前のことであるかのように僕等の関係を終わりにした。実の母親や父親との記憶よりも多い彼女との思い出を消せるわけがなくて、思い出さないことなんて出来るわけがなくて。そうしてこんな静かな朝は未だに彼女の夢を見る。


わかっていた。しっとりとした夜のような静かな雨音の朝に、僕は今でもあの安心感を重ねているのだ。たとえば今日のような。こんな雨の日。


きっと彼女だって僕がこんなにも未練でがんじがらめになる奴だとは思っていなかっただろうけど。格好悪すぎて笑えてしまうほどなのに、毎朝の目覚まし時計の代わりのミニコンポから流れる洋楽が耳に入ってきて目を覚ましたときには頬が濡れていることに気が付いた。


ああお願いだから。懇願するような気持ちで目をぎゅうと瞑った。覚醒した意識の中で、僕が三度目の眠りに落ちることはなくて。ただ静かに鳴り止まない雨音と洋楽の混ざり合う空間で啜り泣くことしか出来ない。






/柔らかく息継ぎさんに提出 ありがとうございました。弱い石田っていいとおもいます。


『あの雨の降るつめたい夜にきみがいれてくれたあまいミルクティが今でも忘れられずにぼくのお腹でいきている』

concept&title/喘息
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