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彼氏がいたけど、いなくなった。高校が別れたのだ。「浩介」という男だった。背が高くて自信家で、少し喧嘩っ早くて、格好良かった。電話帳からは消えてないし、頭で電話番号だって覚えてる。会いたいと思えば会いに行けばいい。そう思ってるうちに、もう三か月が過ぎていた。入学してからの三か月は目まぐるしくて短く感じて、だからといって、彼を忘れることがあったわけでもない。でもきっと終わるってわかっているから、予感がしているから。彼の三か月が目まぐるしかったかは知らない。でもその間に私のことは忘れているはずだ。そんな人だった。私が中学時代最後の彼女であったから、そのまま期間だけが延長を続けているだけなのだ。彼の恋愛遍歴は誰もが辿れない。彼自身もまた、覚えている存在なんて数えられるほどしかいないだろう。その中で私が、彼が「彼女」という言葉を聴いたときに思い浮かぶ存在になっているとは思えない。
それは私が、あの時に、電話をかけようと思ったあの時や、それともあの時に、かけていれば変わったのかと考えてみても、たぶん変わらなくて。終わるものなんだ。もう、私達は高校生だから。



「浩介ー、電話よ。女の子」
「あ?だれ?」
「名前聞き取れなくて、自分で聞いてちょうだい」
「ふーん」

前髪をかきあげて階段を下りる。置かれた受話器を持ち上げる。誰だろうとかそんなことは大して考えずに、まぁ千草とか、そこらへんだろうななんて。グラビアを見てたところだったから、ちょっとだりいタイミングだなーとか、さっきのグラビアアイドルちょっと中島に似てて大人っぺー感じだったとか、さすが千草は空気が読めない女だ、とか、そんなん。受話器は軽くて、俺の掌には小さい。毎日のように弓を引く掌は、親指の付け根に何度も出来ては薄れた傷痕がある。弓道をしていれば誰でもする怪我だ。受話器を耳に当ててから、邪魔になることに気が付いて逆の手で髪の毛を耳にかけた。

「おう俺ですけど」
『あ…、浩介?わたし…なまえ』
「へ?なまえ?」

意外な人物、というか別れてもいない彼女なのだから意外というわけでもないが、かれこれ、入学してからだから、四月、五月……かれこれ三か月も連絡を取っていなかった。自然消滅かと思っていたから、それならまぁいい男でも見つけるといいだろ。そう思ったと言うわけだった。空白が多い分、今までの女の中で期間だけなら一番続いたことになる。あー、そっか、なまえとは自然消滅じゃなかったかー、そうかー。

『うん。元気だった?』
「あたりめーよ。なんだ、久しぶりじゃね」
『そうだね…かけようと思ってたんだけど、なんか、タイミングがなくて』
「そうか」
『なんか、あれかな。浩介のことだし、自然消滅だって思って、もう私のこと忘れてたんでしょ?』
「あ〜…いや、そんなわけねーべや」
『あはは、うそじゃんね』
「はは」
『………』

言い訳しちゃう?なんて思っても、俺の秀才脳でさえ浮かばないものが口を突くわけがない。仕方がなかった。あー、なんか女の沈黙ってだりー。直接会ってたら引っ叩かれてたかな?なまえはそんな感じじゃなかったから付き合ってみたんだけど、ただの見当違いだったのかもしれない。
俺好みな感じじゃなかったけど、それなりに可愛く笑うやつで、タイプで言ったら響をもう少し全体的にギャルっぽくした感じだろうか。けれど多分この説明がうまいとは言えない。まぁ、中学生らしく軽く楽しい彼氏彼女で、俺めっちゃいい男だし、あっちも俺のこと好きでたまんないみたいな表情をしょっちゅうしてたから、満足していた。そのほんの三か月前の懐かしさが、青臭い。

『浩介、もしかして好きなひと出来たんだ?』
「…おー…かげさまで……」

ぎくりと揺らした肩はあちらからは見えていないはずなのに。
その声に、責め立てるような色が見られないのが救いとでも言うように、俺は瞼を伏せた。好きなひと、ねえ。思い浮かぶ姿の現実味のなさに思わず嘲笑が漏れる。受話器の向こうであいつの肩も揺れたのが、見えた気がして。苛まれる罪悪感。たしかに、自分から連絡を取って終わらせてやれなかった俺は、きっとらしくないほどに格好悪いんだろう。

『わーやだぁ、実らなければいいのに』
「んなこと言うなってー」
『あはは、ちょっとまじ』
「あーいや、連絡もしなかったことに関してはこっちもまじでごめん」
『……いーよ。浩介のこと好きで楽しかったし。別れ話になるかも、って、思ってた。だから、ちょっとかける決心できなくて』
「ん、ありがとな」
『あー、じゃあ私も次だなあ』


笑うなまえは、俺が思っていたよりいい女だったみたいだ。それとも、俺が知る頃よりいい女になったのか。俺も、きっと、こいつの記憶の中の俺よりいい男になっている。これ以上完璧を極めてどうするのか、俺、なんて言うと響や千草はすげえ顔をする。今までの俺の周りは同意しかしなかったから、未だに新鮮だと感じる。侮辱されるのは嫌いだが、あいつらとの空気感は嫌いじゃない。
頑張れよ。俺からのエールはあまりにも責任感がないかもしれない。それでも笑うフリをしてくれるだろう。ま、俺よりいい男とかそうそう掴まんねーだろうけどな、と蛇足をほざいてみたりして、もう一度感謝を口にした。突然の電話は別れ話で、次への始まりで、なまえの声は泣きそうな気がした。それを堪えて「妹が電話待ってるや、」と呟く彼女はやっぱりいい女だ。妹なんかいたっけ。それは考えない方が、俺もいい男なのかもしれない。なまえが回線の向こうで受話器を置いたその時、俺は中島への気持ちが始まった音を聞いた気がした。







地球最後の炭酸



先生!/河原和音 より川合浩介
さすがにこれは書いておかないと大抵の人がわかんないと思ったので…作品や作者さん自体は有名ですね 全体的によくわかんないアレでごめんなさい…。
加筆・130803
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