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ヒロイン一人称僕/





猫を見つけた。校庭がぐにゃぐにゃして見えるほど暑い日。まさに茹だるようで、こんな日に外で体育じゃと?むりむり、俺は大した思考もせず授業をサボろうと決めた。
とはいっても、財布の中身はろくにないし、外に出る気はない。冷房効いたとこ…と考えれば、授業で使用中であろうコンピューター室と、伝統と歴史のせいでいつでも本ノミの匂いがする図書室が思い浮かんだ。保健室に行くと高確率で摘発されるから、あそこは二月に一回くらいしか寝に行けない。一年の時にアホほど寝に行った俺が馬鹿だった。俺だって伊達にペテン師やっとるわけじゃなくて、なにごとも騙すにはそれっぽい感じが大事と弁える。ただしあの時はわかっていなかった。

ということで図書室にのらりくらりふらりゆらり、踵を履き潰した内履きを引きずるように歩く。


「お〜…涼し」


司書は大抵いないけど、ここは大抵開いている。控えめに開けたドアから入ると、冷たい空気が肌を撫でた。目を細めて、それから本ノミの古本のような匂いに少し眉間に皺を集めてみたりする。そくささと廊下から見えない位置の机を目指す。広々とはしているが、本が敷き詰められたこの部屋はあまり広さを感じさせない。利用者はとても少なく、本は無駄に多いため、机は多くなくて、本棚ばかりがビルみたいだ。だから、たぶん、そいつも死角を狙った結果そこにいるしかなかったのだろう。

そいつは椅子を三つ並べて置いて、そのうちの二つの上で背中を丸めて眠っていた。女だから体を曲げれば、折角三つ並べたのに一つだけ必要とされない椅子がなんとなく侘びしさを感じさせて見えた。サボりにしちゃあ大胆に眠りこけているなと思いつつ、こんな奴いたっけかと考えた。まぁ、テニス部と同学年以外は顔も知らない奴が大半なわけであるから、わからないほうが自然だった。細っこい足が伸びていて、僅かにずり上がったスカートからはもう少しでパンツも見えそうなのに、相当惜しい。かと言ってわざわざ捲るほど俺は余裕のない男ではない。がしかし、捲らないほどモラルがあるわけでもない。

さて、廊下からの死角を狙うとすると、六つあるうちの一つの机の片側の面が一番確実なのだが、机一面に三つしかない椅子は全てこの女生徒が占領していた。正確には二つで、一つ貰っても怒られやしないだろうが。むしろ、これだけ熟睡していればもしかすると俺の方が先に起きるかもしれない。
三つの椅子の一つに浅く腰かけて、机に突っ伏すと冷房の風に当たって冷えた机が心地よかった。



何時を報せるチャイムなのかわからないその音で目を覚ますと、隣の女がこちらを眺めていた。口を開けて寝ていたようで、親指の付け根あたりで涎を拭う。


「んー……、よく寝たのう」


体育の次の授業がなんだったか、寝ぼけていて思い出せないけど、それも寝過ごしたようだった。目覚ましになったそれは昼飯の時間を報せるチャイムだったのである。これは叱られるなと、ぼうっとする頭で考えた。


「すごいきもちよさそうに寝てたね」


女が話しかけてくる。あれだけガン見されていたので予想は出来ていたが、すこしも躊躇わない様子で話すそいつはやはり同学年なのだろうか。それとも俺が先輩だってわかってない後輩?まぁどうでもいいかとそいつを見やる。女らしい造りの顔から受けた印象は、睫毛が多いような気がする。あと、肌が純粋な感じ。国語の授業はわりと受けている筈なのに、語彙は一向に増えない。真田やら柳生やらのように難しい言葉は使えなくとも、会話に差支えはないので困らない。丸井なんかは時折説明をすべて擬音で済ますことがある。あれは流石に日本語じゃない。それから、この思考が至極どうでもいいことだと感じてから、まだ寝ぼけているのだと気が付いた。
よく見ると女の頬にすこし赤い痕が残っていることからして、こいつもまだ起きて間もないことが分かった。


「お前さんほどではないと思うけどな」
「僕は、そうだね、夢すら見なかったし、よく寝てた」
「ぼーくーぅ?」
「ふん、なにかおかしい?」


つい素っ頓狂な声で見つめると、ふんと意味分からんくらい偉そうに笑われた。その視線は意外と睨みが効いている。少し苛つかせてしまったらしかった。でかい目で睨まれると、怖いわけはないが、それなりに迫力を感じた。やっぱり猫だと思った。


「やーあ、べつに。女じゃろうが、へんなのーって」
「プリとか言うバカっぽい先輩に言われたく、ない」
「先輩って、下か、知らん顔やち思うたわ。タメすぎやしわからん」
「敬語って目上とかに使うんだって習ったじゃん」
「あーはいはい、なるほどなあ」


面倒臭くなって、適当に返事をすればまた睨まれた。それは気にせずに潰れた髪の毛を手ぐしでなんとなく整える。体を起きあがらせれば凝り固まった背中がパキと音を立てた。そうしてから気付く、隣の女との妙に近い距離。それは普段離れている椅子がくっついているせいであり、廊下からの死角がここしかないせいである。ぐいと近付けばさきほどまでの躊躇いのないタメ口からは想像が出来ないほどうろたえるその姿。意外とグッとこないこともなかった。手懐けるのに時間はかからないだろう。こういうのもアリじゃ。


「ちょ、近いんですけ、ど」
「プリッ 敬語って目上に使うんと違ったんか?」
「僕はそういうあれで言ったんじゃなくて」
「んー。"ぼくっこ"てやつぁ聞いたことあるけど、俺、はじめて」
「え、なに、」
「まぁまぁ、ええがやない?有難く俺のはじめて奪っちゃり〜ゆうて」


でも結局キスするまでに離れてという抵抗は見せなかった。僕とか言いつつも女は女なようで、猫なんて例えつつもやっぱり人間で、唇はちょう柔いし、こういうのもいいんじゃないかなんて。




首輪とネイル







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仁王がアホすぎて軽すぎてお気に召さないようでしたら本当にすみません…。ヒロインの一人称が僕ということで、このサイトでは初めて僕っ子となりました。僕って響き可愛くて好きです。すごく楽しく書けました〜。企画参加ありがとうございました!
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