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玄関に見えた黒い人影を見つけて声をかける。よく見かけるなあなんて野暮なことを言ってはいけない。あれは私を待ってくれているんだってことは2か月前に気付いた。
光さんはひとつ上の学年の先輩。うちの強豪テニス部天才なんて呼ばれちゃって次期部長候補とも名高い二年生。わたしは一年生だけど、彼のテニスは中学校に入学する前から見ていた。
彼からは言ってくれないから、この言葉はいつも私が引き受ける。目が合うのを合図に、笑いかける。彼は無表情のままだけど、その目が私の言葉を促しているのがわかるのだ。

「光さん、一緒に帰りましょー」

返事はなくても、私を一瞥して先を歩き出す光さんの表情に拒否は見られなかった。彼は私を待っていたわけだからオッケー出ちゃった、なんて当たり前なのに、けれどそれがいつも嬉しくて、急いで靴を履き替えて走って追いつく。
学校を出て暫く、人気も疎らになってきたからそろそろ手を繋いでもらえるかもしれない、なんて考えた。カーディガンで隠していたというわけでもない自分の指を覗かせて光さんの学ランの袖に触れてみる。けれど、気付かなかったのか、無視という名目の拒否をされたのか、その指は応えてくれなかった。小さく頬を膨らませる。しかし、それすらも光さんからは見えないので伝わらない。遠い指だ。そう思った。

普段から彼は気まぐれで、言葉数が多くはないし、喋ったと思えば減らず口であったり、ちょっとでも何か気に食わないとムスッとしてしまったり。こんな言い方をするのは気が引けるけれど、たぶん、彼は感情表現について少しだけ子供っぽいところがある。
手を繋ぐのは諦めて、会話を試みることにした。歩幅によって開いたほんの少しの距離を急いで詰める。

「ねぇ光さん、今度試合あるんだよね?」
「なんで知ってんねん」
「友達が」
「あっそ」
「観に行ってもいいですか?」
「おもんないやろ」
「光さん見てるの楽しいよ」
「ふーん」

あーあ 今日の光さんはあまりご機嫌が良くないみたいだ。平均五文字じゃないのってくらい短い返事に続く会話も続かない。幸いMP3プレイヤーから伸びるイヤホンは耳に付けられることはなく首にかかったままだけど。彼女に対する態度ではないと、思う。私のせいではない沈黙にだんだんムカムカしてきて、苛つきが一周回ったところでじわじわと悲しくなってきた。そういえば私と光さんは今月で付き合って4か月目となるけれどまだ一度も喧嘩をしたことがない。そうそれは毎回、

「はは、しょーもない顔しとんなや」

指先を軽く握られてハッとさせられる。そうそれは毎回、私が怒りを通り越して悲しくなる頃に、光さんがタイミングを計ったみたいに甘やかしくれるから。いつだってこの人は、気が向くのが遅いのか、それともこれを待っているのか、どちらにせよタチが悪すぎていやになる。猫みたいな人だとよく思う。気まぐれでひょうひょうとして、周りを見下し散らしてて、自分が構ってほしいときばかり笑ってすり寄ってきて、私が構ってほしいときは自分の気が向くまでひたすら無視とかしちゃって。それでも繋がれた手が初めてでもないのにたまらなく嬉しくて、それを伝えたくて笑うと、単純なやつって光さんまで笑った。結局、わたしの扱いがすごく上手。これじゃどっちが猫でどっちが飼い主なのかわかったもんじゃあないなあ。




猫引




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さくらさまへ/3周年フリリク企画
わんこに引き続きにゃんこ財前くん。愛のあるいじわるっていいですよね。
企画参加ありがとうございました!

猫引:女の笑声。または笑顔。
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