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国語の作文の課題があった。仕上げてしまおうとチャイムが鳴ってからも自分の席に座っていた私を迎えに来た彼は「あー、忘れてた」と拗ねた顔をした。仕方なしに私に付き合うらしく、私の筆箱から予備のシャーペンをブン太が勝手に取ったのが二十分前の話。終わらねえ、終わらねえ。そんなことを言っても、そりゃあ作文用紙にずっと頬ずりをしていては、終わるものも終わらない。シャーペンをかちかち鳴らして、芯を出したりひっこめたり、完全にやる気を失くした様子のブン太の隣で、制服のスカートが椅子に凭れるのを感じながら、「将来」なんてありふれていて不明瞭な題に沿って思ってもないようなそれらしい文章を連ねる。意識を持つ。頑張りたい。見つけたい。夢を、努力を。そんなこと、全然思えないし、もしかするといつか思えるのかもしれないけれど、今はわからない。それならばそれすら素直に書き出してしまえばいいのだと、先生は言うけれど、そんなしょうもない文章で作文用紙三枚なんて埋まるはずがないのだ。創作だ。フィクションだ。素直な思いなんて胸につかえてうまく文字に出来ない。声に出すときにどういう言葉を充てていいのかわからないきもち、こころ。そんなのばかりが溢れていて、いけない。消しゴムがブン太の腕で押しやられて机から落ちた。私の作文用紙はどんどん黒くなるけれど、内容は真っ白なまま、すこし薄黒く濁ったくらい。



たかが作文に何を思い詰めていたのか、ブン太に名前を呼ばれてハッとした。しばらく息をしていなかったような気がした。すうはあ、二酸化炭素を逃がして、酸素を取り入れて、残り1枚半にも満たない灰色い紙に向き直りまたシャーペンを持ち直す。その掌に触れて声を鎮めるブン太が、わたしにやめろと言いたいんだということくらいすぐわかった。どうしてそんな顔をしているの。たかが作文だよ、書きなよ、言いかけたらまた、低くてゆっくりとした、沈黙みたいな声で名前を呼ばれた。ブン太があまりにも大人みたいな声で私の名前を呼ぶものだから、手の力が抜けてシャーペンがずるりと落ちる。その動きに合わせて作文用紙の白に薄い黒が力なく踊った。あ、消しゴムが落ちたままだ。


「なに、考えてんだよぃ」
「べつに、なにも」
「じゃあやめろよ」
「何をよ」
「それ」
「これ、課題じゃない」
「今日はもうやめたら。もう帰ろうぜ」
「明日まででしょ、ブン太も書かないと」
「意味ねえじゃん、こんなの」
「そんなこと ないよ」
「なんで」


なんでって言われても、成績とか、進学とか、就職とかさ、そういうの、あるでしょ。今のわたしたちの行為は、全てが一直線にそこを辿るから。これ、提出課題だし。先生が明日までと言ったし。だから、だから。


「いいじゃん、そんなことしなくていいだろ」
「でも」
「いらねえよ、そんな空っぽな作文、誰も」


彼は授業一回分とこの二十分をかけて書き連ねた二百文字以上の黒を平気で全否定して私の目を見つめる。哲学みたいな、コーヒーに合いそうなことを言ったくせに、かと思えばキスをしてきて肩を押されたから、ぜんぶ帳消しだ。かっこうよく助けだしてくれるのかと期待した。のに。キスされながら、ブン太の細くて飾り気のない睫毛を眺めながら、もうすでに肺はきゅうきゅうと苦しさを訴えているのに、さっきみたいな呼吸を忘れたような感覚はもうなくなっていて。あーあ作文の課題、終わらねえ、終わらねえ。でももう終わらなくてもいっか。キスの方がきもちいいし言葉はいらないし、たのしいし。やっぱりブン太は助けてくれたつもりなのかもしれないし。






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