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ねぇ。小学生の時に流行ったあれ、あったよね。プロフィール帳。私が持っていたのは確かピンクを基調とした子供っぽいキャラクターが描かれたものだった。皆が持っていたから憧れて仕方がなくて、お母さんにワガママを言って買ってもらったんだっけ。小学生で出会えていたならきっと君にも渡していただろうなあ。でも今じゃそんなの押し入れのどこかで行方不明だし、そんな勇気もなくて。でも知りたい。教えてほしい。好きな食べ物。好きな映画。好きなブランド。好きなスポーツ は、きっとテニスだよね。あとは、好きな色に、好きな動物。好きな女優さんは、好きなアイドルは誰?女の子のタイプとかってあるのかなあ。教えてほしい。君が好きでなさそうだからという自己判断だけでピアス穴を開けるのをやめた、私の清楚な耳に、こっそりと耳打ちをして。君みたいな女の子が好きだよって言ってもらいたくて。


幸村くんはモテた。けれど彼女がいるような風に見えなかった。そんな噂を聞かないまま中学二年生の頃、席が近かった時の給食の時間だった。ふと誰かが訊ねた。幸村くんならきっと選り取り見取りでしょう、一体どんな女の子がいいのって、たぶんそんな感じだったと記憶している。話の流れだった。教室には各々給食の談話を楽しむクラスメートが全員いて、それは誰もが気になることだったみたくて、後ろの席だった女の子がそわそわと可愛らしく笑う。その子も、あの子も、幸村くんを意識しているのは目に見えてわかることだった。幸村くんは花が咲くような穏やかないつもの笑顔で。健康で、優しい子がいいって言ったのは覚えてる。どんな風に言っていたのかまでは、もう覚えていないけれど。その時、わたしは献立の八宝菜に含まれていたにんじんを睨み突っつきながら話に参加していたのだけど、それを聞いた途端にハッとした。睨み付けたことをにんじんに心中で深く謝罪し無理矢理口の中に放り込むと、意外と不味くもないかななんて。それを見ていた幸村くんが少しだけ笑ったのは気のせいじゃないと思う。


繰り上がりで高校生になる頃には、野菜の好き嫌いがなくなっていた。炭酸のジュースはまだ苦手だけど、それは健康によくないはずだから気にしない。時に私は、お化粧が好きだったし、ピアスとかには憧れていたし、すこし悪い事とかにも興味があったし、あと、誰からも可愛くみられたかった。いつでも笑ってるけばけばしい女の子達を見ながら、すこしだけ、ああいうのも楽しそうだなあなんて思いながら。清潔感を失わないように先生に気付かれない程度のナチュラルメイクで学校に行った。誰にでも優しくして、誰とでも仲良くして。苦手な人もいたけれど、その人に向ける笑顔と幸村くんに向ける笑顔は違うんだから、なんて。自分に言い聞かせるのは思っていたより簡単だった。そうして過ごしていたら、別のクラスの男の子に告白された。みんな優しい女の子が好きなんだなあって思って、そうしたら素直に嬉しかった。その子は幸村くんじゃあないけれど。「ごめんなさい」この時ばかりは、人に優しくする方法がわからなくって、難しくって、もやもや、ぐるぐる。目の前の男の子の名札に記されたクラスが幸村くんと同じだ。いいなあ、って思う。幸村くん、早く私を見てほしいよ。プロフィール帳は渡せなかったけど、ちゃんと君の好みの女の子になりたくて私、頑張ってます。




「名字さん」それは高校二年生になって、幸村くんと一年ぶりの同じクラスになった時。びくり、どきり、ばくばく。中三ぶりだねなんて可愛らしく笑う幸村くんにごく自然を装って、「よろしくね」。うれしい、うれしい。わざわざ挨拶してくれたんだって、それだけで湧きあがる高揚感。なんだか心がそわそわ落ち着かなくて、少し伸ばした髪を耳にかける。そんな時になんでだか、この笑顔が本当に、苦手な子に向ける笑顔と違うのか分からなくて、戸惑う視界の奥で、あのけばけばしい女の子のまたピアスが増えている耳にピントが合う。ギラギラしてて、すこしだけ、ああいうのも楽しそうだなあなんて、もう一度、ぐるぐる、思いながら。でも私がほしかったのは。

「なんか、名字さん、可愛くなったね」

ぶわりと頬が熱を持つ感覚。全てが眩んだ。幸村くん以外の全てがただの背景となる。近い気がして、誰よりも、私が今いちばんに彼に近いようなそんな気が、して。そして。そしてどんどん冷めていく。萎んでゆく。これが私の欲しかった景色なんだ。目にした瞬間色褪せて、現実の色が付いて。幸せだけど、幸せなんだけど。
幸村くんは笑った。とてもきれいに、とてもうつくしく、全てを見透かすみたいな魅力的な笑顔だった。

「君みたいな女の子、すきだよ。頑張ってて」

夢見た台詞に縫い付けられたその一言はどういう意味なんだろう。わからないよ、幸村くん。こんなに幸せなはずなのに、突然に呼吸が苦しい。水槽に深く沈められたような、私は魚じゃない。こんな噎せ返る幸せみたいな、重たい水の中では泳げない。これじゃあ生きていけないのに、どうしよう、幸村くん。ほしかったのは、にんじんが食べられる口だったっけ。ほしかったのは、人に優しくする方法だったっけ。
ほしかったのは、これだったっけなあ。




きみといれるようにつくった体




/いつか酸化しちゃうよさまに提出。これじゃあ生きていけない体。コンセプトに沿えた気がしないけど楽しかったです。ありがとうございました。
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