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今までになく電波/謙也が変になる/









俺を呼ぶ声。

「……………や、……謙也」

ぐわんぐわんと響く聴き慣れた声。俺より幾分も高い、女の子の声。輪郭がはっきりしていくごとに、それが自分の彼女の姿であることを悟った。

「……お、おう、なんや なまえやないか」

「なまえやないかって…さっきから何回呼んだと思ってるの?
大丈夫?今日だけじゃないよね、謙也、最近よくボーっとしてる。ねぇ、謙也ってば言ったそばから…」


意識がすぐに曇る。なまえの心配する声が遠くなる。その言葉には少し間違いがあり、ボーっとしてしまうのは最近始まったことではなかった。耳を澄まそうとすると耳鳴りのような音が頭に響いて浮遊感に襲われることが半年ほど前から多々あった。襲われるとは言っても、この意識の曇りを振り払うのは案外簡単で、けれど不快ではないこの感覚に、ついつい身を委ねてしまうことがあって。暇な時、授業中など、少しずつそういうことが増えて来ただけ。それが徐々に目に見えて違和感を感じるほどになったのが、なまえにとってはここ最近だと言う話。実際、白石には何週間か前に訊ねられた。白石も「最近おまえ、」と切り出した。『最近』のずれはどうして生まれたのだろう。ああそれすら、どうだってよいことだった。

曖昧になっていくなまえの輪郭。目を瞑ると尚更浮遊感が増して、俺を世界と切り離す。



「………ねえ!ねぇ!ちょっと!謙也!」
「…なんやねん、聞こえとるっちゅうの…」
「うそ、上の空どころじゃないよ」
「気にしすぎやろ、眠いんやって」
「じゃあ今日はもう良いから、帰って寝て?」
「はぁ?帰る?寝る?せっかくのデートやないか 映画のチケットも買うたし…」
「なに…?デート中に話もろくに聞いてもらえなくて、挙句の果てには眠いって言われて 何がせっかくの、よ…」


ああ、思えば今はデート中か。繋いでいたような気がする掌の温度はいつの間にか離れていて、手にしていた映画のチケットには見覚えのない題名。なんかおもろそーな、俺好みそーな、映画の題名。これを今から見るのだったか。それにしてもなぜか棘付いたなまえの声。なにイライラしとんのやろ、なまえ。可愛い顔が台無しや。ふと短く耳鳴り。耳の細胞が死ぬ音だとかって誰かが言っとったっけ。誰やったかなあ、そんな健康オタクみたいなこと知っているのって。


「眠い?んなこと言うてへんやろ?」
「え…?うそ、ねぇ…本当に大丈夫?冗談ならやめてよ…?」
「なにがー?なまえ今日ようわからんことばっかし言いよるなぁ」
「ち、ちょっと…やばいよ、おかしいって謙也…」


くしゃりと髪を撫でると指通り柔らかに揺れた髪から香る匂いが甘かった。わからんことばっかしって、言ってみたけど、なまえは今日どんなこと話してたっけ。あれ、わからん。思い出せん。まるでめっちゃ不安そうな顔して俺を見るなまえが弱っちく見えて、ぎゅうぎゅう抱き締めたりたくて腕を掴んで引き寄せるけど、なんか俺、頭、ぐらぐらしてきた。



「…ね………けん……しっかり……や…ってば…………」




霞んだ視界めいっぱいに映る彼女は、えっと、誰やったっけ。ああこの浮遊感、懐かしいなあ。




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