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「あの、もしかしてなんですけど…真山さんが好きな人って、原田デザインのあの女の人ですか?」
「えっ…」

文化祭の看板の土台づくり。動かしていた手を止めて真ん丸な目で私を見つめる真山さん。彼の瞳に私が映る。その瞳の中の私はまるでなんでもないような顔をしていた。その純粋な瞳に映ったわたしだからだろうか。実際に彼の頭の中でも私はちゃんとこんな意地悪さの欠片もない顔をできているのだろうか。
真山さんと会ったのは森田先輩の知り合いだったから。森田先輩と会ったのは、森田先輩が丹下教授こと私のおじいちゃんの教え子だからだった。わりとよくしてもらっていると自分でも自覚していた。

ほとんど確信だったのに私が彼に投げかけたのは疑問形。彼の口からより確かな確証が欲しかった。ずるいなと自分でも思った。

「あ、ごめんなさい。違いましたか」
「…いや、違ってないよ、うん…。勘付いてる相手に隠したりなんてしないけど」
「潔いんですね いいと思いますよ」
「はは、ありがとう。いやただ、なんで理花さんのこと知ってるんだろうな、と思って」
「そりゃあ、知ってますよ」

だって真山さんの好きな人なんだもん。瞬きをした時に、ビューラーとマスカラで上を向いた睫毛が視界に入った。なんとなく、こうやって見える睫毛を見ると楽しくなる。

「だって、原田デザインって仕事が丁寧で有名でしょう?憧れなんです。真山さんがバイトに行っていたのも聞いていたし」

するりと吐き出した言葉は決してうそじゃないけれど。原田デザインのあの人。真山さんのムーン・リバーの人。才能のある女性。聞くところによると旦那さんを亡くしているらしい。亡くなった旦那さんの代わりに彼女の心の隙間を埋めることが真山さんに出来るだろうか。理花さんという名前までは知らなかったけれど、へぇ、下の名前で呼んでいるんだ。ふっと寂しくなってしまった。
そうなんだ、確かに彼女は綺麗な仕事をするんだよ なんて愛想よく笑う真山さんの、ハラダリカを想ってきゅっと寄せる眉間の皺とか、切なげな表情とか、苦しむ所とか、そんなところが見てみたい。

「ところで山田さんってかわいいですよねえ」
「…もしかして、名字さん、俺に意地悪してる?」

ハハなんて空笑い。亜麻色の髪を綺麗に揺らして、桃色の頬を真山さんの前では一層染める、ふわふわと笑う可愛い可愛い女の子。真山さんは彼女に弱い。ハラダリカとは別の感情で彼女に弱くて、甘くて、愛でている。それってずるい。そんなのってかわいそう。わたしもきっと、かわいそう。意地悪だなんて、こっちの台詞でしかないのにと拗ねた気分になった。

「まさか。あぁ、そういえば私って可愛いですか?よく言われるんですけど」
「うん、可愛いと思ってるよ」
「へぇ嬉しい」
「それならもっと嬉しそうに笑ってくれないと」

本当は、本心で嬉しかった。言わせておいてなんだけれども、自分で自分のことを可愛いとも思えないけども、他人に言われると薄らと満たされる。気分が悪くなるほどの空腹感を少しの水で紛らわすような感覚だった。おなかがすいたと口に出す様に、欲望的で心からの言葉がふと湧き出た。

「…わたしにしときませんか」
「…それは無理なんだ、ごめん」
「なんで謝るんですか。真山さんって、性格微妙だと思いますよ」
「うん、ごめんな」
「いいですよ 許します」
「ありがとう」
「応援はしませんから」
「それでいいよ」

はいこれ なんて渡されたのはつるりとした包装紙で包まれた飴だった。たったひとつだけ下なだけで子供扱いだなんて寂しい。でもなにをしたって素敵な人に見えてしまう。立ち上がってその場を離れた。飴はガラス玉みたいに透けるうすい黄緑色で口にすると合成甘味料の味がして甘かった。
ああ、なんだか私は失恋しちゃったみたいだから森田先輩にでも慰めてもらわないとやってられないなあ。森田先輩はぐしゃぐしゃに泣いていてもわたしのこと、かわいいって言って、髪を撫でてくれるだろうか。真山さんの方が嬉しいって言ったら、笑って怒ってくれるだろうか。ああ明日も明後日も顔を合わせなきゃならないのに、真山さんのこと、わたしはいつ諦められるんだろうなあ。



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