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なまえさん、帰って来いひんなぁ

窓の外は真っ暗で、昼間は晴れていたけれど月は出ていなかった。時計の短針は11近くを指している。毎日当たり前のように起きている時間だから眠気はないけれど、この時間に家で一人というのがわりと久しくて、なんだかそわそわしてしまう。何をしたらいいかわからないような、もう何もすることがないような。
残業だろうか。まだまだ新人のなまえさんには覚えることも多ければ初めてのことも多く、そしてもちろんミスも多い。
なんだかんだと言いながらも頑張り屋とでも言うのだろうか、そんな彼女のことだから、もう少し、もう少しと定時を少しずつ先延ばしにして働いているのかもしれない。

「…さむい」

炬燵を出したばかりの部屋はもうとっくに膝掛けだけでは心許ない寒さになってきていた。もぞもぞとスウェットの裾を指先までむりやり伸ばす。なんとなく、なまえさんを差し置いて炬燵で温々するのは気が引けた。というのもあるが、何より自分の向かい側にあるスイッチを入れに行く気分じゃない。足をつっこんではいるが、スイッチが入ってない炬燵はあったかいような、変わらないような。それよりも、早く早くなまえさんが帰ってきたらぎゅうぎゅうひっついてあったまるのに。けれどきっと、外から帰ってくる彼女の指先は頬は身体は冷え切ってしまっている。そうしたら最初は俺が温めてあげればいい。直に二人とも暖かくなるだろう。それよりも、炬燵を暖めてあげておいた方がよっぽど暖かいだろうけど、それはスイッチが俺から遠いのが悪い。こっち来い。あーあ、なまえさんまじ遅い。俺がこんなに待ってんのに、ありえへん。わざわざ小さく言葉にしてみるけど、もちろん返事をしてくれるなまえさんはいない。ご飯はなまえさんがいつも帰ってくるぐらいの時間に合わせて、とうに出来ているのに。腹へった。でも、二人で食べたいと思った。蕩けきった思考は全て彼女のせい。口うるさくも俺に甘い母親みたいな存在だったはずなのに、いつのまにか甘やかされたくて甘やかしてやりたくて、なんだか愛しいような、いや絶対にそんなこと言ってやることはないけれど、そんな人になっていた。自分らしくもない柔らかい感情を抱くことさえ、彼女に対する優しさを持てると思うと何一つ悔しくはない。ただ、いくら好きでも腹は減る。すっかり冷えた鍋の中身は乱雑なざく切りの野菜や肉。見た目は男の料理感満載だが、味付けはそれなりにうまくいったつもりだ。ああ、もう、つまみ食いでもしてしまおうか。
俺の手作りの鍋を目にして喜ぶなまえさんの姿と、泣き喚く己の腹の虫を交互に思い浮かべながら何度目とも知れない「あと五分だけ」を呟いた時、待ちわびた玄関チャイムが響いた。
バッと立ち上がり、インターホンを確認することもせず、飛び出すような勢いで扉を開ける。犬の様だと思った。いつかなまえさんが犬を飼いたいと言ったとき、鬱陶しいからと拒否すると、すんなりと「ウチにはもういるか」なんて言って諦めたのを思い出した。つまり犬扱いされたのだと気付いてあの時は憤慨したが、大概言い当てている気がして、今はなんだか笑える。


「ひかる、ただいまぁ」


にへ、と笑うなまえさんの表情は、疲れてるようにも見えるけど、なんだか幸せそうでもあって。寒さで赤くなった鼻先が少しアホっぽくてマヌケだった。そんな顔を見ただけでなんだかホッとした自分がすこし恥ずかしくなって、すぐに家に入れずになまえさんを見下ろしてみた。相変わらずの気の抜けた笑顔で、鞄を肩に掛け直す仕草の大人っぽさがなんとも不釣り合いだ。


「わざわざ出迎えさせるなんていい根性してますね。鍵持ってはるでしょ」
「ごめんごめん、鍵出すのめんどうくさくって。年下彼氏のお出迎えなんて疲れを忘れさせるね!だからお家に入れてよ光くん」
「嫌」
「えー、わたしの給料日前に外食希望?」
「冗談やし。お疲れさん」


迎え入れて抱き締めると、なまえさんはもごもごと声を出して楽しそうに笑う。あったかあい。なまえさんが冷たいだけやし、そう言ったらじゃあ早く炬燵に入れてと本音漏らしよったから小突いたった。そんなん言うても炬燵暖かくないですから。あんたはええって文句を言うけど、俺やって犬らしくなまえさんと炬燵で鍋を囲みたくてきっちり待てしてましたし。




わたしの愛しいわんこくん


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やまさまへ/3周年フリリク企画
書き始めた時にやまはまだ新社会人だった(昔)そんなやまにわんわん財前くんが鍋つくってくれたよ。要素にまとまりがなくてごてんね。お仕事がんばってください。参加ありがとうございました!
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