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ちょっと歪んでる/





花を踏み歩く。草を踏み倒す。ポキリと茎から折れてしまったり、めげずに起き上がったり。まだ辺りがほの暗い早朝、学校の周辺に音は少ない。静かで冷たい空気の中に、時たまブルルと朝早いどこかのお父さんの車のエンジン音が低く唸るくらいで、私の耳にはずっと、カサカサわさわさと、柔らかい音が耳に届いていた。まだ朝露に濡れるそれらの上を内履きのまま歩いていたから、黒の靴下までしっとりと濡れている。
心不乱に踏み荒らしていれば、折角の色取り取りの綺麗な花が咲いていたあの花壇の中はところどころ土が大きくでこぼこ隆起したり、茎から折れた花は見る見るうちに花弁に皺を描いていったり。すっかりぐちゃぐちゃで汚くって無惨で。あーあ。勿体なあい。
柔らかな花壇の土は踏むとふかふかとして温かみがあった。花や土を几帳面に囲む赤レンガに内履きの爪先を打ちつけてグラウンドと同じ質感の花壇の土と比べると幾分か固い地面に降りた。嫌いじゃなかった花達を見るも無残な姿にしたことに僅かに心を痛めながらも、私の片頬が性悪に歪む。


それから少しして、運動部が早朝練習に来る時間帯になると、誰よりも早く彼が来る。それを知っていたから、私は彼を待ってる間、鏡で自分の顔に泥なんて付いていないか念入りにチェックしたりして。きっと彼はきついメークなんかを嫌うから、薄く色の付いたリップだけを唇に乗せて彼が来るのを待った。さながら告白する相手を待つ乙女みたいに。心は浮ついてドクンドクンと脈を打つ。ああ、わくわくする。

いよいよ幸村くんが遠くに見えると胸が一層高鳴った。ああ、こんなに遠いのにいつもよりずっと近くに感じる。それは彼の大切なものに触れたからだろうか。


「幸村くん!」


自分の名前を呼ぶ私の明らかに弾んだ声に彼はにこやかに手を振ってくれる。まだ彼からこの花壇の惨状に気付かれないように、自分の身体と足と鞄で花壇を隠す。そんな取るに足らないようなカモフラージュだけど、まだ遠くにいる幸村くんには効果があったみたいで、柔らかい笑顔を頬に浮かべたまま歩み寄ってくる。けれどその笑みも近付いてくるにつれてどんどん険しくなっていって、一度ハッと立ち止まったかと思うとその後はテニスで鍛えた俊足であっという間に近くまできた。ふわりとした青み掛かった髪が柔らかそうでとってもきれい。

「おはよう、幸村くん。朝練なの?早いんだね、っあ!」

ぐうとすごい力で肩を掴まれたかと思うと思い切り押し退かされて、ぐらりと尻もちを付いた。お尻は大して痛くはなかったけれど、肩はちょっと痛みが残った。実は力、あるんだなあ、男の子だなあ。もうとっくに私の後ろから見えていたであろう花壇を見開いた目で見つめる幸村くんを私は対局的にも惚れ惚れと目を細めながら見ていた。スカートについた砂を払いながら立ち上がる。ねぇ私女の子だよ。もっと優しく優しく、ふんわり扱ってほしいのに。ああでも花を踏みつける女の子なんて女の子らしくないかなあ。

「幸村くん…痛いんだけど」
「…ごめんね。ところで、疑うような真似したくはないんだけれど…これは、名字さんがやったのかい」

幸村くんが怒っている。怒りと悲しみの複雑なバランスに声を震わせて私に問いかけた。話し掛けてもらっただけでも心臓が飛び跳ねて、なんだかすごく満たされる。

「…ねえ、ひどいよね?ねぇこんなの、誰がやったんだろうね?わたしこれを見つけて、驚いちゃったの。ねぇ、幸村くん、ぐちゃぐちゃだね」
「……」
「幸村くん…?」
「…ずいぶんと汚れた内履きだね?」

ぐり、と明らかに花壇の土で汚れた内履きの爪先を踏み付けられて驚く。幸村くんの顔を見ると明らかな怒りがわたしに向けられていることくらいすぐわかった。わあ、幸村君ってこんなこともしちゃうんだ、こんな顔するんだ。あーあ、急いて内履きで出てくるんじゃなかった。黒のローファーだったなら、バレなかったかもしれないなあ。隠せるとも思っていなかったけど。

「痛いよ、幸村くん」
「俺は君がやったのかって聞いてたと思うんだけど」
「そうだよ。私がやったの。ねぇ、どう思った?」
「………」
「なんとか言ってよ」

私の爪先から足を退かした幸村くんが何にも言ってくれなくて、さっきまであんなにドキドキ時めいていた心臓がなんだかぎゅうぎゅうと苦しくなってくる。またさっきみたいに、もう十分めちゃくちゃになった草花を踏みつける。幸村くんは「あ、」って顔をして少しだけ腕を動かした。止めようとしたんだと分かったけど、止めてくれてもよかったんだけど、そこで手を伸ばすのをやめたのは幸村君だし、まぁいいや。踏んでも踏んでも起き上がってくる葉が気に入らなくて土ごと蹴り上げる。幸村くんのきれいな頬に土が付いた。また幸村くんは「あ、」の顔をした。
大事に育ててきたはずの花壇に乗り上げて、私の真正面に来た幸村くんの唇を奪ってしまおうかなぁなんて考えていた私の頬に見事に決まった平手打ち。なんだか幸村くんに痛い事ばっかりされていることに気が付いてこれが幸村くんの心の痛みかな?なんて気色の悪いことまで考えてみた。すごく痛くて、反射的にすこしだけ涙が浮かんだ。
そんな私を見た幸村くんの眉間の皺で少し怯んだことがわかった。けど彼はすぐに嘲るような無表情で私を見据える。

「こんなことして、何が楽しいんだい」
「楽しくはないけど、幸村くんの大切なモノを壊していけばいつか私の順番が来るよ」
「来るわけないだろ、そんな順番、君にだけは回ってこない」

君だって、わかってるだろ
いつもよりぐっと低い声で言われて、なんだかすうと心が虚ろになった。足元の花を爪先でグリグリ踏みつけて、汚いなって思った。幸村くん、どうすればこの爪先きれいになるのかなあ、わかんなくなっちゃったよ。どうしよう。ごめんね、でも、好きだよ、ねえ、幸村くん、お花もね、わたし、好きだよ。あーあ、内履き汚いなあ。




セカイでただひとりになった僕は誰の名前も叫べない



title/夜に融け出すキリン町
意味がわからない 途中まですごく楽しく書いたんですけど終わらせ方分からなくなりました悔しい
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