◎ | ナノ

「じゃあ男右からで〜」
「あー、真山です」

声に捕らわれた。ストレートで簡単すぎる自己紹介のその一瞬の間だけ、雑音が全てなくなったみたいによく通る低い声。ハッとその声の主を見る。斜め前の彼とは目が合わなかった。赤茶の癖のある髪に、ベタなタイプの黒斑眼鏡。少し厚い唇が動く度に心地の良い低音が空気を揺らして、なんだか耳に心臓が付いてるみたいにドキドキした。
気付けば他の人の名前も耳に入らないままに友達に名前を呼ばれて、現実に引き戻される。

「なにボーっとしてんのっ、なまえ、自己紹介!」
「えっ!あ、ごめん…。K美専二年の名字なまえです、彼氏とこないだ別れたんできちゃいました〜」

事前にこんな感じで言っておけばウケはいいだろうなんて思っていた言葉を並べる。うそではないけど。いわゆる合コン。何を言っても自己紹介なんて、名前くらいしか頭に残らないだろう。
えぇ、勿体ねー!でも別れてくれてラッキー!なんて、なんて。そんなつまらない御世辞にも気分は良くなるばかりだから、わたしも単純な女だなって思った。
それでもやっぱり、興味は真山という彼に向いてばかりで。他の人の自己紹介を聞いていなかったせいもあるけど、ひとつも興味が湧かないくらい真山さんに何かどうしても惹かれてしまう。元々目鼻立ちがいい人だ。結局はそういうこと。性格なんてまだ何も知らないし。あぁ、人気高そう。
じゃあ、カンパーイ カラカラと冷たい音を立てて氷を溶かし落としながらグラスやジョッキを寄せ合った。

雑談とか質問とか御世辞とか好みとかそういう話を色々しているとすぐに頼んだ料理が来ては無くなり来ては無くなり。話しながらだとつい食べ過ぎてしまうから困ったものだと思う。
話をしたり聞いたりしてゆく中で他の男の人達の名前もわかった。妙に人気があるけどずっとご飯にがっついている無邪気さが残る人が森田さん、話を盛り上げながら進めてるのが矢田さんで、ガタイのいい感じの人が内海さんというらしい。真山さんは意外に話を振られれば楽しく喋る人で、たまに笑ったりしながらビールを飲んでいた。
慣れてるなぁ、色々なことに。そう感じた。間違っているとは思わなかった。


「なまえちゃんはさ、どんなのがタイプ?」
「え?んんー、そうだなぁ」

矢田さんに振られて、ゴクリとからあげを飲み込んだ。
タイプってタイプはないんだけど、と前置き。

「サッパリしてて、あとは声が低い人が好きかな」
「へぇ、声フェチってやつ?声なら真山、結構低いよなあ」
「俺ですか?そうでもないっスよ」

真山さんのことを指して声が低い人と言ったんだけど、実際に真山さんにまで話が降られるとは思ってなくて内心どぎまぎした。中学生みたいな感覚で意識していることに気付いてなんだかとっても情けない。
その時、モグモグとお肉料理ばかりつついていた森田さんがお皿から顔を上げて、ん?と真顔でわたしを見上げた。目が合って初めて思うけど、森田さんも確かに綺麗なお顔をしている。

「でも、真山は全然サッパリしてないぞ?寧ろベタベタっていうか…もうストーカー気質っていうか」
「えぇ?あはは、ストーカーなんですか?」
「いやいや、違う、違う。要らんこと言わないでくださいよ、森田さん」

困り顔を見せたり笑顔を零したりする真山さんをチラチラとそれこそストーカー気質に盗み見ながら、簡単な絡みを何度かしながら。そろそろ出ようかという流れになるまではすごく早く感じた。


「次どこ行こっか」
「カラオケとか?」
「ボーリングとかもしたいなぁ」

みんながいい具合に酔って談笑を繰り返す。わたしはもう足元がふわふわして、帰ろうかなあなんて考えていたら、いつの間にかみんな歩きだしてしまっていて。今回は大当たりだけど、脈がないというか、なんだかなあ。本当に返ろうかな。もう一度思った時だった。

「…名字さん、もしかしてだいぶ酔った?」

本当にびっくりして、見ると声からわかっていたことなのに、やっぱり横には真山さんがいて更にびっくりしてしまう。

「わ、ま、真山さん… 酔った?なんでですか?」
「俺が隣に来たのにも気付いてないみたいだったから」
「あぁ、そうかも。ごめんなさい」
「いや、いいよ」
「真山さんは、次行かないの?」

並ぶとだいぶ背が高いことに気が付いた。見上げて訊ねると、なぜだかほんのりと笑う真山さん。クツクツとした笑い声もやっぱり低くて落ち着きがあって、いいなあと思った。

「それわりと、こっちの台詞」
「わたしは、どうしようかなあって思っていたところです」
「今日は ハズレ、だった?」
「いいえ、大当たりでした」
「へー 例えば誰とか?」

真山さんも酔っているんだってすぐ分かった。でもそれ以上にこの人は最初から気付いてた。私の意識の矢印が自分に向いていると。ニヤニヤと聞く真山さんに、わたしはなぜだか冷静で。

「例えば、真山さんとか、」

そうやって返せば満足げに頷いて、みんなにおういと声をかけた。もう随分と離れてしまった夜道に融け込む皆は真山さんが手を振っただけでわかったよー、ごゆっくりーなんてはしゃいで笑った。そんなんじゃないなと感じた。

「送っていく。タクシー拾おう」

タクシーの中で、外の音が離れる感覚を掴んだ。
ゆっくりと会話を紡ぐ中で、自然に恋人の話になった。

「いるんですか、そういう人」

愛をささやく相手。わたしがこの間別れた彼氏はいつの間にか囁く気も失せて口論になって終わった。煙草をよく吸うだったなと思いだしてから、真山さんも、煙草を吸っていたのに匂いがあまり肌に染み付いていないことに気が付いた。

「いいや、いないよ」
「また、ウソでしょう」
「なんでそう思う?」
「なんとなく」

外で吸っているんでしょう。寒い日も、暑い日も。誰かを気遣って、一人で静かに吸っているんでしょう。私達の前では吸う煙草を、誰かの前では吸わないんでしょう。
冴えてるなあと感じながらも、これを真山さんが肯定するかどうかはあまり気にならなかった。

「恋人には、なれないから」

少しとろりとし始めた瞳を見つめる。
その人が好きなのか。それは誰かから貰った指輪をはめた人なのだろうか。そうなのかもしれない。きっとそうなのだろう。

「不毛なんですね」
「はは、そうそう」

タクシーから降りたら煙草を一本貰って帰ろうと思った。真山さんの匂いじゃない匂いを貰って帰ろうと思った。





いみがわからない 謎の友情出演:矢田さんと内海さん
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -