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そうやっていつまでも繰り返すから。
キヨの携帯がぴかぴか光る。電話だった。
彼の携帯はわたしのそれと比べると何倍も忙しなく働いている。整理整頓されて表示される電話帳の膨大な数の他人のプロフィールデータ。メモの部分に誕生日が記載された子がいたりするのは、気になった女の子の証。わたしのプロフィール欄を覗いたことがあった。他の女の子にはなかったのに、プロフィール写真のデータが入っていた。わたしが電話をすると表示されるのだ。でも最近ではそんなもの意味がなくなっている。メールより電話が手っ取り早くて、でもそれより隣にいる方がもっと手っ取り早かったからだ。でも、それでも、私の誕生日は彼の電話帳には載っていない。カレンダーにも、たぶんない。
暗いその部屋でぴかぴか光る携帯に、ああ眩しいなと感じた。キヨがシャワーから上がってきたらしく、ガラリとドアが開く音が聞こえる。ネオンが眩しいと感じたから、携帯に手を伸ばして、なんとなくに発信者を見た。
次の瞬間、キヨの携帯はわたしによって床に投げ出された。画面が眩しく光ったまま、着信音も鳴り続けたまま。でもそれよりも大きな、私の叫び声。


すぐにキヨがベッドルームに駆け付けてくれて、部屋に廊下の明かりが射し込んだ。オレンジ色の明かりはとろけた太陽の沈む夕暮れみたいだった。
戸惑う素振りも見せずにわたしを抱き寄せて背中をさする彼。それからすぐに私の声で聞こえなかった音に気が付いたようで。シャワーを浴びに行く前まではきちんとテーブルの上に置いてあったはずのそれが床に投げ出されているのを見て、全てを理解したようだった。わたしを優しく抱きしめたまま、携帯を拾い上げようとはしなかった。しばらくすると音は止んで、わたしの知らないオンナの名前を表示し続けていた画面も暗く閉ざされる。わたしの声も止んでいた。キヨの、濡れた髪に、熱を持った掌。湿った肌が妙に落ち着いて愛しくて、そして憎くて仕方なくなった。



「また」

単調な声と同じタイミングでぼたりと落ちた涙。対照的な、感情的なそれが、感情を押し殺したつもりのその声を遮るみたいにするから余りにも皮肉だった。

「ごめん」

言いなれた台詞。繰り返した台詞。その中にどんな意味があるというのだろう。浅くて愚かで薄っぺらくて、でもそれを何度でも信じ続けた。今だってまだ、ゆるしそうになった。でも、もう。どくどくどく、と、激しく波打つ心臓に、切迫した呼吸。

「そうやって」

静かに責め立てるような口調があまりにも可愛げがなくて。可愛げなんて要らないけれど、まだどこかで可愛いと思われたくて。そうやって言ってほしくて。一度でも私だけを見ていた瞬間が、この人の中にあっただろうか。

「ごめん」

こんな言葉は所詮この人にとってはヒステリックになったわたしを落ち着けるための薬か何かでしかないんだろうなと、考えただけなのに頭に痛みが突きささる。泣き腫らした後の痛みによく似ていた。今はほとんど涙が出ない。既に私の心は彼の都合のいい薬なんて無くても嫌に落ち着いていた。でも、ひとりだったら。きっとまだ苦しかっただろう。苦しみの原因である彼が来たから落ち着いただなんて、ばからしくて救い様もない。

「許してばっかりだと、思ってるの」

思っているんだろうけれど。
ああ、今までもこうやって幾度となく堂堂巡りのこんな会話をしてきたなあ。

「ごめんね」
「何度も聞いた」
「うん、もう、」
「『しないから』って?」
「…うん」

見れば切なく顔を顰めているキヨ。愛しい姿だった。けれどもうだめな気がした。どんなに愛しくても、いつか繰り返さなくなるとしても。いま繰り返した事実に打ちのめされてしまっている。

「また繰り返すんだよ、きっと、ずっと、」

縋りつくみたいに、眠たい子供が呟く言葉のひとつひとつみたいに、繋ぎ合わせて、振りしぼった勇気でおとした言葉は遠回しで。

「………わかった」

ゆったりとした口調で頷いて、そのあと彼はわたしが完全に泣き止むまで抱きしめて離さなかった。ああ伝わらなかったんだ。このまま私はまたぐるぐると不毛な会話ばかりを繰り返すんだ、ああ、また今日が来る。そう思うとまた涙が湧き出るみたいに出てきて。泣き疲れて眠ったあと、朝を迎えて初めて、ひとりになったんだとわかった。気付けなかったのはわたしで、彼は別れを受け入れた。男女って、あんなちっぽけな一言で終わりがくるものなのか。「あぁ、」と自分が気づかないうちに声が零れて、携帯を確認すればあの人の名前はどこにもなかった。もう別れた恋人へさよならを言えなかったというただそれだけなはずなのに、別れた恋人へさよならも言えなかったことをひどく悔やんだ。



title/キリン町
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