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ずっと後ろから見続けてきた。

細い背中、すこし日焼けした腕、綺麗な爪の付いた指、短く折り曲げたスカートから伸ばした白い足、見せびらかす様に角度を付ける膝の裏。そして、すこし穴が伸びた右耳。

「名字さん あなたもう、やる気がないのなら出て行きなさい」
「んー、やる気ある」
「それなら教科書くらい開いたらどうなの」
「…ん〜」

彼女は眠たそうな瞼を二回ほど上下させる。そうしてから、穏やかな動きで椅子を引いて、荷物を一気に片手で持ち上げた。先生とたった二言交わすその間にも、彼女は一度だけ自分の右耳についたピアスを引っ張った。すぐ後ろの席の俺と彼女本人のふたりだけが、僅かに縦に伸びたその穴を知っている。それはどうしても少し不格好で、せっかく格好を付けたくて開けたのであろう穴なのにと思うと情けなくも見えた。でも彼女のその癖はなんだか嫌いじゃなかった。

「なまえちゃん、帰るの?」

俺もわりと眠たいと感じていたけれど、辛うじて取っていたノートの字が変に踊っているのを見ると笑えた。
立ち上がってリュックを背負い直していた彼女を見上げて訊ねた。俺を見下ろす彼女の目のふちは少し人工的な黒が目立って、頬にはふんわりと赤味が飾られていた。生意気なその印象の内側に、まだまだ幼い少女が立っているのだと思うとどうしようもなく可愛らしく感じた。

「んー どうしよ」
「決まってないんだ?まぁ、ばいばい」
「うん、英二、ばいばい」

既に先生は授業を続行させていて、なんだかなまえちゃんと俺だけがぽっかりと取り残されたみたいだった。彼女と仲の良い明るい茶髪の小さな目をした女の子は今日は朝から無断欠席なのだそうだ。どこで遊び歩いているんだか。嫌気がさした。
なんだかんだで男好きなんて囁かれるなまえちゃん(周りの股の緩そうな女の子たちと一緒にいるせいだ)(まぁ、間違っては、ないんだろうけど)は、俺のことも例外なく名前で呼ぶ。これがもっと適当そうな男なら、彼女は一緒に行く?なんて心ない笑顔を見せたんだと思う。なまえちゃんは本当はすっごくいい子だから、俺は連れてってくれないんだろうなあ。
ああ、でもいつか、不二に一緒にサボる?と笑いかけた所なら見たことがあった。不二は僕は部活があるし、遠慮しておくよなんて余裕の頬笑みで、なまえちゃんもなんでもない風にあっそうって笑って出てっただけだったけど、俺は内心心臓が彼女の爪みたいな長い爪で引っかかれたみたいにどくどくして辛かった。

君は今からどこに行くんだろう。
ふらふらどこまでも適当に歩いて適当な時間に家に帰るのかな?他のバカみたいな子たちと作った高校にすら行っていない男友達の家なんかに上がり込んだりするのかな?噂のある先輩のクラスの前まで行って一緒にサボろうなんて誘うのかな?ああそんなのいやだなあ、俺が一緒に街をブラブラしてあげたい。まるでデートみたいだし、君のこともっと知れるよね。化粧やピアスなんかじゃ測れない君のもっと可愛いところ。見てみたい。それってどうしたらできるんだろう?

そんなことを思いながら自然と自分の左耳をぐにぐにと引っ張っていた。ガラガラと教室の扉が開いては閉じた。




幼気に踊るゴシップ


title/夜に融け出すキリン町
ピアス開けてみたいなって言ったなら、開けてあげよっかなんて言ってくれるかな。って感じの歩道と車道のギリギリ白線に立つ女の子とあの子のためなら歩道から踏み出してみたい菊丸くん。ほとんど初めて書いたような。菊丸くんむつかしかったです。
ピアスの穴のびてる女の子は私の前の席の女の子が元になってます。美少女ですのでよく眺めてます。まぁそんなに穏やかではないけど。騒がしいけど。
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