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幸村くんとはじめて会ったのは小学校4年生の頃に参加した3日間の夏休み親子絵画教室だ。イベントの名前が本当にこれであっているのかは定かでないけれど、とにかくそんな風なよくある夏休みの有料お教室だった。ひとつ年上だった彼の絵を今でもよく覚えている。
抜けるような澄んだ空色はただ青と白を混ぜた色ではなくて、私にはどうしたらこんな不思議で魅力的な色が作れるのかわからなかった。その下にひとつだけ赤い屋根の小さなお家があって、周りには畑以外なにもない、風景の絵。一日目の最後に提出した絵だったはずだが、どこにでもありそうなのに、空の色のせいなのか、私が見たことのない二次元的な世界のようにも思えて仕方なくて、2日目と3日目は絵を描く時間とその幸村くんの絵を眺める時間が五分五分だったらしい。お母さんがクスクス笑いながら話してくれたことがあった。学校の宿題のテーマは「夏休みの思い出」と在り来たりで、彼がその絵に付けた題名は「おばあちゃんの家」とやっぱり在り来たりだった。
在り来たりなテーマと在り来たりな題名と、どこか幻想的な空色のその絵は県大会で準優秀賞に輝いたらしい。それに比べて私の自信作「海の絵」は入選すらしなかったらしく、暫くしてすぐに手元に戻ってきた。そのままたぶんひいおじいちゃんにあげた。

通っていた学校が違ったし、年もひとつ違っていたし、人見知りでお母さんにべったりだった私が幸村くんとした会話は本当に僅かだったけれど、その時の会話を思い出してもまだ緊張を思い出してしまう。


「なにを見ているの」
「しあわせむらくんの絵だよ」
「それ、ゆきむらって読むんだよ」
「え?」
「ぼくの絵だし」
「ふーん」


お気に入りでずうっと食い入るように見てたくせに、ぼくの絵、と言われたときはその上手さが少し悔しくて何にも感じないみたいな声音を出した。でもすぐに、きれいだねなんて言った。


「ありがとう」
「わたしこれ、ずっと見ていたんだよ」
「そうなんだ。面白い?」
「うーん、うん、面白いよ」
「そっか」


「あっちで遊ぼう」とか、「おばあちゃんの家楽しかった?」とか、そんな会話は出てこなかった。ただ黙々と並んで彼の絵を見て、それから少し目を合わせたり合わせなかったりして、それじゃあねって手を振った。



こんな風に再会できるなんて。美術室に飾られた絵をまじまじと見た。『幸村精市』くんの絵を見るのはすごく久しぶりで、だけどまた、2日間くらいずっと眺めていられそうな綺麗な絵だった。あの頃5年生だった彼の絵とは比べ物にならないくらい上手になっていたけれど、その空色の雰囲気はあまり変わっていなかった。だから名前を見る前に彼を思い出したのだ。

「何を見ているの」
「幸村くんって人の絵だよ」
「へぇ、幸村って読めるようになったんだ」
「え?」
「久しぶり。覚えてるかな?」

わからないことを言う人を振り向くと見えた、柔らかそうなふわふわした青っぽい髪の毛を揺らしてそこに立つ姿が本当にそのまま一枚の絵のようだった。パチパチとまばたきを繰り返してから、おぼえてるよ。やっと声に出したのに、私の声はほんの少し掠れてた。

「それにしても、こんな風に会えるとは思っていなかったな」
「私のこと、わかるとは思わなかった」
「わかるよ 君だもの」

そう言われてなんだか無性に気恥かしい思いをしながら、この絵、きれいだね なんて笑ってみた。




それはやわかな昼下がり
title/ルドルフ るる。ちゃんへ〜!いつからって言われたらわからないくらいずーっと待たせてた幸村くん(のなにかって話しだったよね…?!)です。お待たせしてごめんね。意味分からんくてごめんね。お誕生日おめでとう。あと、好きです。
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