藤さまから相互小説


「あ、監督。何処行くんだよ?」

宿泊所から出ようとしたところで、馴染みのある声に呼び止められた。振り向くとTシャツにスウェットというラフな格好の綱海が居た。桃色の髪には真っ白なタオルが被されており、ちょこんと覗いた前髪からは雫が垂れ落ちている。どうやら風呂上がりのようだ。

「ちょっと眼鏡をな」
「眼鏡?監督、眼鏡掛けんの?」
「まあな」

と言っても書類をまとめたり本を読んだりするなど小さい文字を見る時だけだ。だが最近、度が合わなくなってきて少々見えづらい。だからレンズを変える序でにフレームも変えようと思い、これから眼鏡屋に行こうとしたのだ。
まあ、そこまで詳しく説明するのは面倒なので曖昧に返事をしておいた。

「綱海は早く部屋に戻れ。風邪引くぞ」
「俺も行く」
「は?」
「俺も監督と一緒に行く!ダッシュで着替えて来るから待ってろよ!」

そう言ってパタパタとスリッパを忙しなく鳴らして走っていった。ああ、分かっった、と了解したつもりは毛頭ないのだが。無視して置いて行けばいいが、そうすると後々厄介なことになるに違いない。それは避けたいので大人しく待つことにした。
まったく、世話が焼ける……



―――



「あ、これなんか監督に似合いそう!」

売り物の眼鏡を取って掛けようとしてきた綱海の手を軽く払う。「ノリ悪いなー」との文句は聞こえないことにした。

あれから5分程してジャージ姿の綱海が戻ると、すっかり暗くなった中、歩いて10分程の眼鏡屋にやって来た。やはり夜だと言うことで店は空いており、レンズの交換は1時間も掛からないと告げられた。それぐらいならば何処に行くも時間が足りないので、此処で待たせてもらうことにした。

「あ、これもいいな!」

時間潰しに二人で店内を見て回る。綱海は展示されている眼鏡で少しでも気に入ったものがあると次々と手に取っては、自分で掛けてみたり私に掛けようとしていた。自分で試す分には構わないのだが、それに巻き込まないで欲しい。生憎、ふざけて眼鏡を掛け合うなどという行為をする年齢ではない。

「あ!これスゲーいい!」

一際綱海の声が大きくなる。好みの品を見付けたのだろうか。視線をそちらへと向けた。太目のフレームの赤い眼鏡を掛けている。褐色肌に赤がよく映えてる。普段とは異なるその姿に思わずドキリとした。

「監督、似合う?」
「……綱海は眼鏡要らないだろう」

気持ちを誤魔化すかのよう冷たい言葉が口から出た。だが綱海はこれぐらいで落ち込むような柄ではない。拗ねたような素振りを見せるだけだ。現に今も不満そうに頬を膨らませている。それがまた愛らしい、などと思ってしまう自分が居た。

「伊達だよ、伊達!」
「サッカーするのに邪魔だろう」
「サッカーしてる時は掛けねーよ。邪魔だし」

じゃあ何故欲しがる。相変わらず綱海の意図が読めない。いつも唐突に行動するから今回もそうなのだろうか。

「あ、監督!これセール対象品だって!30%OFF!」

幼い子供のように目を輝かせる綱海だが、金額が安ければ良いという話ではない。しかしそんな期待の視線を向けられては断りにくい。ふぅ、と溜め息を吐いた。

「支払いの時に持って来たらな」
「サンキューな、監督!」
綱海は嬉しそうに白い歯を見せて笑った。……たまにはいいとするか。



―――



月の明かりで照らされた夜道を歩いていく。時折吹く風が暖房の効いた店で暑くなった身体には心地好い。

あの後無事に眼鏡を受け取り、私達は帰路に就いていた。勿論綱海の欲しがっていた赤い眼鏡も購入した。よっぽど良かったのか、早速掛けている。更には鼻歌速掛けている。更には鼻歌まで。此処まで喜ぶとは想定外だったな。

「……そんなに気に入ったか」
「ん?ああ、眼鏡?」

聞き返してきたので「ああ」と短く答えると、「当たり前だろ!」と返ってきた。そういうものか。そう思っていると綱海が再び口を開いた。

「だってさ、初めてじゃん。監督とこんな風に2人っきりで出かけんの」

……そう言われてみれば。一応恋人同士という面目ではあるが、世間一般なデートやらはしたことがなかった。監督と選手という立場上、公には出来ない。それ以前に大会に向けての練習で忙しい。恋愛事に現を抜かしているような暇はない。綱海もきっとそれは承知の上であろう。

「だからさ、嬉しかったんだよ。ちょっとでも監督と一緒にこういうこと出来て」
「……」

こうも直球で言われるのは慣れていない為か、動揺が隠しきれず、立ち止まってしまった。本人も照れているのか、頬がほんのりと赤く染まっている。
綱海も、こういう顔をするのか――

「、監督?」

気付けば手が伸びて綱海の頬に触れていた。見た目とは違い、サラサラと触り心地が良い。透明なレンズ越しに漆黒の瞳が見つめている。そしてそのまま吸い込まれるかのように唇を合わせた。

「、」

時間が止まる。
この世には2人しか居ないような、そんな感覚になる。

「かん、とく……?」

離れたと同時に発せられた言葉は、消えてしまいそうに掠れていて小さかった。綱海の顔は眼鏡に負けないぐらい赤い。そしてその瞳はどうして、と問い掛けているように見える。それは私が知りたい。気付いた時には唇を重ねていたのだから。

「――……帰るぞ」

何事もなかったようなフリをして再度歩き始めた。ポカンとしていた綱海もハッと我に帰ったように追いかけてきては、勢いよく腕に抱き付いてきた。

「メガネマジックだ!」
「……は?」
「だって監督、いつもは外とかですんの嫌がるだろ?でも今日は違ったじゃん!これもメガネのおかげだな!」

また訳が分からないことを……多少呆れつつも、つい綻んでしまう。こんなに嬉しそうな顔をされては、な。

腕に綱海の体温を感じながら、街灯に照らされた夜道を辿っていった。



メガネマジック
(良い言い訳を知ったな)



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「金魚鉢」の藤さまから相互記念小説いただきました。
眼鏡久綱かわいいかわいい////いい言い訳を知ったってことは、監督もメガネマジックを活用するおつもりなんですね!(^p^)
ふいにチューされて驚く綱海に、メガネマジックだろう?と言えばいい

藤さまありがとうございます!これからもよろしくお願いします^∇^





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