ひめたるたからのうつくしき


初夏の暖かい陽射しが降り注ぐ世界的に有名な某ハンバーガーチェーン店の窓際の二人用テーブルにその男は座っていた。歳は二十代前後と言ったところだろう。初夏の少しばかり強い陽射しに照らされた真珠を砕いて塗した様に輝く白い肌。大きな瞳にそれを縁取る長い睫毛。淡い桜の唇に通った鼻筋はどれも女性と見紛うが如く甘く愛らしく整っている。顔だけ見れば女性と判断してしまいそうなその男の首には自らの性別を主張するかのように喉仏が隆起し、腹部の丈が短い黒のボディースパッツとミリタリー風のズボンを纏ったその肉体は一見細く、頼りなくも見えるがよく見ると無駄の無い洗練された美しい筋肉で覆われており、女性らしさとは縁の遠い作りをしていた。中性的な美貌を持つ美青年。自然と人目を引くその青年に視線を向けるものはいても声を掛けようとするものは居なかった。親の仇でも睨むように釣り上げられた瞳と不機嫌そうに刻まれた眉間の皺が話し掛ける者などいれば今にも噛み殺さんと言わんばかりのオーラを放っていた。日曜日の昼下がりのハンバーガーショップだ。当然客足は平日のそれよりも倍はあり、店内は混雑していると言って差し支えはないのに彼の周囲の席はがらりと空いていた。それどころか彼の不機嫌なオーラに当てられたのか偶々近くを通った子供が一斉に泣き出し、悲鳴の大合唱を始めるという店側からすれば傍迷惑な事態すら起こっている。

「お待たせしました。ご注文の海老カツバーガーとダブルチーズバーガーとチキンフィレオとポテトのLとコーラのセットになりま…ひぃっ!?失礼いたしました!」

青年の注文した商品を持ってきたらしい店員は彼に睨まれて身を竦めるとバーガーやポテトの乗ったトレイをテーブルに置くと小さく悲鳴をあげて逃げるように立ち去った。バックヤードでは「あの客なんとかしてこい!」「無理ッスよ!あれ完全にカタギの人間の目じゃないッス!殺される…!!」などという店長と店員の応酬がされているがそんなこと彼は知らないし関係のないことだった。
青年は目の前に置かれたハンバーガーを見てから懐から携帯を取り出して時間を確認する。舌打ち混じりに「まだ来ねえのかよ」と呟くと先程運ばれてきたコーラにストローを勢い良く突き立てるように刺した。

「そんな不機嫌そうな顔をするな。周囲の人間が皆引いている」

不機嫌の極みのようなオーラを放つ青年の元へ、落ち着いた声と共に一人の男が現れた。歳は青年と同じ、二十代前半か半ばと言ったところだろう。艶やかな黒い髪に大きな黒い瞳。少し童顔寄りだが女性受けの良さそうな端正な顔立ちは奥底の見えないミステリアスさと落ち着きと大人びた雰囲気のある容姿は不機嫌そうな青年とはまた違った魅力があった。清潔感のあるシンプルな白いシャツと同じくシンプルな黒いスラックスを纏った彼は手に持っていたアイスコーヒーが乗ったトレイをテーブルに置くと青年の前に座った。

「遅ェんだよ!!!」
「時間通りに来た筈だが?」
「ウッセェ!オレより遅く来てりゃあ皆遅ェんだよ!死ね!!!」

理不尽な言葉を並べながら怒鳴ると女顔の青年は自分のトレイに置いてあった海老カツバーガーを掴み、目の前の青年に全力投球した。黒髪の青年はさして驚いた様子もなく投げつけられたバーガーを片手で受け止める。バァン!!と硬式の野球ボールがミットで受け止められた様な音に一瞬周囲の声が静まり返ったがまるで何も見なかったことにして自分たちの日常へと戻っていった。投げられた衝撃で潰れて半分程の厚さになった海老カツバーガーを自分のトレイに置くと黒髪の青年は涼し気な顔で珈琲に口づける。
事の発端は三日前に遡る。この女顔の青年、ヨシュア=プリエールはそわそわと落ち着きの無い様子で自身の携帯電話を見詰めていた。コールが鳴るたびに慌てて番号を確認してはあからさまに落胆をし、コールに出ることもなく電源ボタンを連打する。つい先月のこと、ヨシュアはあるバーで出会い一目惚れした女性と運命(と本人は主張している)の再会を果たし、決死の思いで電話番号の入った名刺を彼女に渡した。それ以来折り返しの電話が来ないかと携帯の前でそわそわしながら待っているのだ。登録された番号の表示が出るたびに落胆と殺意を込めて電源ボタン連打して強制的に切り、知らない番号が表示される度に嬉々として出れば見知らぬ人間からの仕事の依頼や間違い電話に殺意を込めて「殺すぞ」と返す。そんなことを繰り返して一ヶ月が続いたある日、その電話は来た。携帯のコール音と共に見知らぬ番号が表示されているのを確認するとヨシュアは通話ボタンを押して今度こそは、と期待を胸に携帯を耳に押し当てる。

「ヨシュア=プリエールか、お前に話がある」

耳に響いた男の声に直ぐに携帯の電源ボタンを押そうとして寸でのところで踏み止まる。聞き覚えのある声だった。誰の声だったかとあまり容量の多くない記憶の中を漁っていればヨシュアが思い出すより先に通話相手が名乗った。

「クロロ=ルシルフルだ。幻影旅団と言った方がわかりやすいか?」

クロロ=ルシルフル。幻影旅団。この二つの単語を耳にしてヨシュアは漸く声の主を思い出す。クロロ=ルシルフル。幻影旅団の団長で黒髪オールバックででこっぱちに十字架の刺青の男。ヨシュアの想い人であるシズクという女性の言うならば上司に当たる男だ。ヨシュアは彼の存在を思い出すと同時に彼の内に疑問と苛立ちが湧き上がった。どうしてテメェがシズクに渡した電話番号知ってるんだ。事の次第によっては殺すぞ。と電話越しに無言の殺気を送っていればヨシュアの殺気を知ってか知らずかクロロは話を続けていく。

「お前に頼みたい仕事がある。この番号がなぜオレの元にあるのか知りたければ三日後の13時、バンリア共和国に来い」

一方的にそれだけ告げるとクロロは通話を切った。ツーッ、ツーッ、と通話の終了を示す音がヨシュアの耳に響く。頭がいい…いや、小狡い男だ。
ヨシュアがシズクに好意を寄せているのを把握し、それでいてヨシュアの疑問に答えず指示だけ渡すことで行動に有無を言わせぬ制限を与え、強制させる。ヨシュアは出し抜かれたような屈辱と怒りに身体を震わせながら無意識に地団駄を踏む。ヨシュアが床を踏みつけるごとに亀裂が入る仮宿の二階建てアパートの床。踏みつけ過ぎてそのまま床をぶち抜いて一階に落下したことはヨシュアは死んでも他人に口外しないだろう。

「で、何でアンタがシズクに渡した筈のオレの番号知ってるの?事の次第によっちゃぶっ殺すぞ」

ヨシュアはダブルチーズバーガーの包装を開き、大口でかぶりつきながら言った。そのまま4口程でハンバーガー丸々一個を消化するとポテトを一度に五本ほど摘むとそのままもさもさ食べた。品のない豪快な食べ方だった。ファストフードに上品さを求めるような野暮なことは言わないがなまじ顔が上品に整っている分その落差の激しさは残念さすら覚える。
ヨシュアは自分の頬についていたケチャップを舐めとりながら「早く答えろよ」と言わんばかりにこちらを睨んでくる。

「お前が渡した名刺をシズクがアジトの隅に忘れていったんでな。回収した」
「ハァっ!?シズクに渡し直しといてくれよ!!」
「そう言うと思って一応渡し直したが『いらないから団長にあげる』と言われて返された」
「……まじかよ……いらなかったのか……そっか……そっかぁ…………」

ヨシュアはこの世の終わりのような顔をしながらハハハハハ、と狂ったように乾いた笑いを浮かべる。意中の女性に連絡先の受け取り拒否をされたことが相当ショックだったようだ。
クロロは珈琲を啜りながらヨシュアの姿を眺める。何故この男はシズクにここまで好意を寄せるのか。シズクは確かに一度忘れたことは二度と思い出さないがそれは忘れても問題のないさして重要でないことに限っての話だ。シズクが忘れていたということはこの男との出会いがシズクにとってさして重要でもなければ印象的でもなかったらしい。
だがこの男はそうは思っていない。彼はシズクをしっかりと認識し、並々ならぬ好意を持っている。大したことが無くとも一目見た女に恋い焦がれるような惚れっぽい気質なのかシズク自身に自覚はなしでヨシュアが惚れるきっかけを作ったのか。どちらにしてもそう少なくはない好奇心がクロロの中に浮かんでくる。

「お前は何でシズクが好きなんだ」

浮かんだ疑問をそのまま問い掛ければポテトを口にひょいひょいと放り込んでいたヨシュアの目が驚いた様に丸くなる。

「え、アンタってそういう他人の恋愛ごとに興味ある下世話なタイプだったの?」
「少し気になっただけだ。お前はあからさまにシズクに好意を向けているようだがシズクはお前のことを忘れているようだったしな。この感情の落差の間に何があったのか気にもなる」
「ふーん…そんなもんか…」

ヨシュアは冷めた目でクロロを眺めながらチキンフィレオの包装を剥がし、本日二つ目のバーガーに齧り付く。二つ目のバーガーも4口程で食べ終わると一息付けるようにコーラを飲んだ。そのまま何か思案するように口を閉ざし、少し間を置くと小さく微笑みながら口を開く。

「内緒」

教えてやんない。更にそう続けるとヨシュアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「だってさ、シズクはもう忘れちゃってるしあの場でシズクがくれたものを憶えてるのってこの世にオレだけなんだぜ?あん時のことなんてさシズクにとっては路傍の石ころだっただろうけどさ、オレにとってはきらきらした宝石だったんだ」

ヨシュアは思い出す。暗くて苦しくて振り払おうといても纏わり付いてまた冷たい水底に戻されていくようなあの気分を。汚らわしく醜い過去は
いつだって自分の足元から侵食して蝕んでいく。出口の無い暗がりに独りで座り込んでいたあの時、彼女の言葉が光を見せてくれた気がした。

「きっとこれって誰にも話さなきゃオレだけの宝物になるんだ。シズクも憶えてないから正真正銘オレだけの宝物。そう思ったら他人なんかに話すのが勿体無いって思ってさ」

ヨシュアは微笑んだ。薄桃に色づく頬、凪の海の様な静かで落ち着いた瞳に、花が綻んだように優しく弧を描く桜の唇。春の柔らかな日差しのような暖かささえ滲ませるそれは恐らく彼の今までの人生には存在しなかった穏やかな笑みだった。
可憐な少女の様な容姿も相まって嫋やかな美しささえ漂わすそれ。クロロは彼の嫋やかな美貌を何も言わずに眺めながら先程の不機嫌顔でハンバーガーを貪っていた人間と同一人物なのかと少しばかり驚いていた。詐欺にも程がある。

「アンタが話せって言ったら話すよ。今のアンタとの繋がりが無くなればオレにはシズクとの繋がりもほぼ消失する訳だし、アンタが無理強いすればオレは従わざる得ないってのが現状だしな」

で、どうする?聞く?と問い掛けるヨシュアにクロロは静かに首を横に振る。

「無理強いをして話させるほどお前のプライバシーに入り込みたい訳じゃない」
「そ。ありがと」

ヨシュアは小さく微笑んで礼を言うと先程クロロに投げつけて半分ほどに圧縮された海老カツバーガーを手に取り、包装紙を開けてかぶりついた。それ食うのかよ。

「で、仕事ってのは何?除念?」
「いや、今回は除念じゃない。これだ」

クロロは懐から写真を一枚取り出すとテーブルの上に置いた。例のごとく海老カツバーガーを4口程で食べ終わったヨシュアは手に着いたソースを舌で舐め取りつつ写真を覗き込む。
写真に映っていたのは一丁の銃だった。形状は所謂マスケット銃と呼ばれるものだ。古めかしいマッチロック式の少し褪せた金色の銃身と全体に細やかな装飾が施されているそれは見るからにアンティークと言ったオーラを醸し出している。銃としての性能よりも美術品としての価値の方が高そうなその銃は普段ヨシュアの使う火力や性能を重視した無骨なそれとは全く違う。

「おー火縄式か。渋いじゃん。渋いっつーか古いっつーか」
「お前の知り合いに古銃マニアはいないか?」
「いるっちゃいるけど…何?売りつけんの?」
「違う。探して欲しいものがある」
「探す?」
「これと対になるもう一丁の銃だ」

クロロ曰く、この銃(と対になるもう一丁)は一昔前の貴族の屋敷の鍵となっているとのこと。その貴族の屋敷は特殊な念が張られており、同じく特殊な念を込められた二丁のマスケット銃を定められた場所に置かない限り開かない。その説明を聞いたヨシュアが念自体を払えばいい、どうせその念を込めた念能力者なんてとっくに死んでいるんだろう。それか屋敷自体ぶっ壊して入ればいい。などとヨシュアは口を挟んだが首を横に振られた。クロロが調べたところ、今は亡きこの屋敷の主人が掛けたらしいこの念は屋敷に不法に侵入するものは拒み、屋敷を傷つけようとする全ての干渉を許さず、その念を解こうものなら屋敷そのものが跡形もなく崩壊するという仕組みらしい。核ミサイルを打ち込んでも傷一つ付かないだろうな、と呟くクロロの言葉にとんでもねえセキュリティだな、と溜息混じりにヨシュアは返した。

「で、とんでもセキュリティを解除する為の銃が必要なのはわかったとして…なに?この屋敷の中に何があるんだ?」
「絵だ」
「絵?」
「『人ならざるもの』という絵だ。100年ほど前の画家、ジュダス=アティードの未完の大作といわれているものだ。文献に名こそ記されているがその実在の真偽は不明だ」
「真偽不明?その屋敷にあるんじゃないの?」
「一応あるとは言われているが実際はないかもしれない。噂話程度の信憑性だ」
「ふーん…なんでそんなあるかないかもわかんないやつ欲しいの」
「ジュダス=アティードはあまり知名度の高くない画家だ。作品はいくつか残っているが今も昔もあまり世間に評価はされていない。一つの絵を除いてな」

現在でもいくつか残る当時の美術誌にはジュダス=アティードの絵に関し軒並み評価が低い。画家仲間にさえも才能がない、センスがない、作品に中身がない、など厳しくこき下ろされていた記述さえ残っている。だがこのジュダス=アティードの作品の中で一つだけ評価されているものがある。それが先程述べた屋敷にあると言われる「人ならざるもの」だ。ジュダスが息を引き取るまで描いていたという未完のままで終わったそれはそれを見た評論家や画家たちの中には涙を流す者や懺悔をする者、ただ狂ったように叫び出すものさえいた。彼と同時代に生き、後世に大きく名を残した画家たちの手記のいくつかにも「神を垣間見た人間の絵だ」「あれは悪魔に売り渡した魂を絵の具にして描かれた狂気だ」などと記述が残るほどの衝撃を与えている。

「これだけ多くの文献に名を残し、多くの人間に衝撃を与えながらも不思議なことにどんな絵で、何が描かれていたのかはどこにも記されていないんだ。少し興味が湧かないか?」
「へー、そんなもんかね」

好奇心という色を口元に浮かべ、小さく微笑むクロロに対しヨシュアは心底興味がなさそうにしながらポテトを5、6本掴むと口に入れる。

「まあいいや。この銃探しゃいいのね?交渉はオレがする?それとも見つけた時点で話つけてアンタが交渉?」
「後者で頼む。こういったコレクターは見知った人間を間に挟まないと信用されにくいからな」

除念という能力柄、ヨシュアの人脈はコレクターやマニアなどの蒐集家が多い。長い時や様々な人間の手を経た道具や美術品には奇妙な念が掛かっていることが多い。ただ才あるものが無意識に込めてしまった意味も何もない無害な念もあるが中には怨念や常軌を逸した執着などで掛かってしまった所謂曰く付きの念もある。それにより被害を受けたコレクター達が泣きつく先がヨシュアだ。本人に蒐集の趣味こそないがコレクター達の間である一定の地位は確立されている。

「なるほどねー。信用上げ要員としてオレを使うのか。コアなコレクターの中に埋もれてそうなパッとしねぇ古銃なんてマニアの繋がりでもなきゃ探すのも怠いしな」
「オレはあまり蒐集家に好かれない質でな」
「当たり前だろ。コレクション奪い取ってくる奴とかコレクターの天敵じゃん。コレクターが友達になりたくないやつNo. 1じゃん。それにアンタって物に執着なさそうだしな。奪っても飽きたらポイッてしそう」

上品な面立ちにからかうようにケラケラと品のない笑みを浮かべるヨシュア。

「依頼の報酬は何がいい?」
「報酬…報酬ねー…」
「金銭か?それともシズク関連か?」
「後者でお願いします」
「具体的になにかあるか?」
「電話番号の交換をさせていただきたい」
「報酬はシズクの電話番号だな。わかった」
「よっしゃ!!!!頑張るわ!!!!!」

拳を空に掲げ、ガッツポーズを決めて叫ぶヨシュアを不思議な生き物を見るような目でクロロが眺めていれば不意に周囲に奇妙な気配を感じた。ファストフード店の道路沿いの窓硝子越しに感じるそれはどこか遠くから見張られている時のそれだった。この唐突な気配の現れ方からするとこちらを見つけたばかりというところだろう。さも何もないように眉ひとつ、呼吸のひとつさえ、先程と変わらぬように振る舞いながら相手に気づかれぬように気配を探る。対象は自分たちがいるファストフード店から南に数十メートルといったところだろうか。それなりに距離がある筈なのに容易に悟られるような気配の消し方からして対象はそう実力の高い人間ではない。自分か、或いは目の前の男を狙った賞金首ハンターだろうか。
ヨシュアもクロロと同様に何者かの視線に気づいたらしくポテトを貪りながらあからさまに不機嫌そうな顔をした。うんざりと言わんばかりに眉間に皺を寄せつつもポテトの箱を持ち、そのまま逆さにして一気にポテトを口に押し込んでいく。もっしゃもっしゃとリスの頬袋のように頬を膨らませながら咀嚼し、コーラで一気に流し込んだ。

「多分あれオレ狙い。この間からああいうのがわんさか来るんだよ」

はぁ、と溜息を吐きながらヨシュアはバーガー類やポテトを全て消化してゴミ屑だけになったトレイを持ち、ゴミを指定のゴミ箱に放り込んでトレイを所定の場所に無造作に置いた。そして準備運動と言わんばかりに身体を二、三度ぐっと伸ばすとクロロの方を向く。

「これからオレはあいつら片付けてくるけどアンタはどうする?一緒に来る?」

ヨシュアの誘いにクロロは飲みかけの冷めたコーヒーが入ったカップを持ち、そのまま中身を捨てて空になった紙コップをゴミ箱捨てる。

「付いて行こう。お前の実力が見たい」
「なにその上から目線。腹立つ!言っとくけどオレが本気出せばテメェなんか五秒で挽肉だかんな!」

そうヨシュアが一方的に騒ぎ立てながら二人は昼下がりのファストフード店を出る。そのまま人通りの多い繁華街を通り、少しずつ人のいない場所へ移動していった。こちらを狙う視線は未だ途絶えない。それどころかこちらの移動と合わせるように付いてきている。数は一人じゃない。複数だろう。悟れる気配からすると恐らく3人。ヨシュアが尾行者に対してあからさまに溜息を吐いた。悟られることを承知で、というか悟られることを前提とした溜息だった。
先程「あれオレ狙い」と確信して言っていたことから今尾行している連中に心当たりがあるのだろう。察知していることを暗に示すことで相手に牽制しているのかもしれない。

「あー!!うっぜ!!諦めて帰ってくんねえかなー!!」

苛々したかのように叫ぶ。隠す気も何もない行動だった。最早牽制でもないただの愚痴だ。

「今更だがバレてるぞ。いいのか」
「いいよいいよ。こちとら一週間連続であの手の輩に襲撃されてるんだぜ?全力で煽って逆上したところ叩き潰すくらいやんないと気が晴れない」

腕に相当自身があるのか、それとも敵が取るに足らないレベルのものなのか、恐らくどっちもだろう。ヨシュアは自身の戦闘能力に自信があるのが目に見えるしこの拙い尾行能力から相手もそれ程の使い手ではないのが汲み取れる。ヨシュアは天使の様な愛らしい顔に心底意地の悪い笑みを浮かべると人通りの少ない、治安の悪い路地裏へと足を進めていく。
廃ビルの裏手だろうか。車一台分ほど広がった道に腐臭を放つゴミの入ったポリバケツや廃品が並ぶ薄暗い路地裏の一角に入るとヨシュアは手の平大のコンクリートの破片を拾うと路地を囲む廃ビルの窓に向かって投擲した。
弾丸の様な速さで窓硝子に向かっていったコンクリートの破片はガシャン!と言う派手な音を立てて窓硝子が割る。奥で呻き声とぐちゃりと何かが潰れるような音の後に物が倒れるような鈍い音がした。

「まずは1匹ぃ!!」

そう言ってヨシュアが好戦的な瞳で笑った瞬間、微かに風の揺れる感覚がした。背後から来る、そう脳が判断する前にヨシュアは身を翻し、奇襲者の姿を捉える。齢は三十代半ばと言ったところだろう。身長は平均的でヨシュアより少し低いくらいだろうか。ガタイもそう良くはない。顔立ちは醜くも美しくもない。年相応の中年といった全体的に特徴の乏しいその男の両手には敵意を主張せんばかりにククリ刀が握られていた。背後からの奇襲を試みていた為だろうか。ククリ刀には強いオーラが込められていた。
男がククリ刀を振り下ろそうと振り被った懐に素早く潜り込むと拳を握り、そのまま顎に叩き込んだ。顎の骨が砕ける音と血飛沫と共に男の身体が宙に舞い、墜落する様に地に伏す。

「おっさん強化系?やっぱ強化系は防御硬えな。顎ごと顔面持ってけなかったわ」

オレも強化系がよかったなー、などとヨシュアはぼやくが顎が粉砕された激痛で話すことさえ困難な相手の耳には全く入っていない。ヨシュアはそのまま男の頭をヒールの高いブーツで踏み抜き、風船でも割るような気軽さで潰した瞬間、「しまった」と言わんばかりに焦ったような顔をした。

「どうかしたのか?」
「いや、生け捕りにして依頼人吐かせようかと。ある程度検討はついてるんだけど一応確認したくて」

ここ一週間程恐らく同じところから自分の首を狙った刺客が来ているが如何せんシズクと連絡が取れず機嫌が悪かったこともあり、力加減を誤って殺してしまったり或いは生きていても先程顎を砕いた男の様に言語がまともに話せる状態ではないくらい痛めつけてしまって聞き出せていなかったのだ。ヨシュアはブーツに着いた血を払いながら周囲を探る。刺客はあと一人いる。建物の死角にでもいるのはわかるが出てくる気配がない。仲間が二人殺られた様子を見ていたのか逃げるか或いはこのまま任務を続行するかで悩んでいるような様子が窺える。逃げるか、続けるか。この二択なら前者が正解だ。圧倒的な力の差がこの男と刺客の間にある。逃走する為に刺客が動いた気配を察知した瞬間、ヨシュアは右拳にオーラを集めるとそのまま勢い良く真横にあった廃ビルの壁を殴った。コンクリートの壁に大きなクレーターと亀裂が入り、大穴が開き、更に風圧と衝撃が刹那に遅れて壁の更に向こう側の壁ごとぶち抜く。吹き抜けになった廃ビルに崩れたコンクリートの瓦礫により埃が舞った。
拳にオーラを纏い、それで対象を殴る。念能力の基本であるそれは誰しも必ず通り、そして駆使する能力ではあるが六系統の内の強化系に属する技である。必然的に強化系とは対極に位置する操作系、具現化系、特質系の能力者は精度が低くなりがちだ。ヨシュアの除念能力である「罪悪を孕む女」は具現化したマリア像を媒体とし、死者の念を念獣として産み出す能力だ。この性質を見る限りヨシュアは具現化系か特質系の能力者だ。あのオーラで固めた拳の威力を見る限り幻影旅団の強化系代表のウボォーギン程まではいかないがそれなりに鍛錬を行った強化系能力者程の威力はあっただろう。何か制約を掛けてあの威力なのか或いは元々のオーラ量が多いのか。オーラを抜いた彼の元々の筋力によるものの可能性も考えたが
ヨシュアの細い身体のラインを見て直ぐにその考えは消去された。そう考えながらクロロは興味深そうにヨシュアを観察する。ヨシュアもクロロのその視線に気づいたのか「ジロジロ見んなボケ」と心底鬱陶しそうに吐き捨てて大穴を開けたばかりの建物内へと足を踏み入れた。ヨシュアは廃ビルの奥へと進むと瓦礫の隅で状況が掴めず呆然とした顔でヨシュアを見る中年の男がいた。


「お仲間さんみんな死んだけどアンタどうする?オレとやる?」

男は手に持っていたナイフを床に投げてから両手を挙げて降伏の意を示す。ヨシュアは懐から腰に巻いていたウエストポーチからハンドガンを出した。軍用の飾り気のない無骨な黒いハンドガン。念能力で具現化したものではない普通のハンドガンを片手にヨシュアは男に近づき、こめかみに銃口を当てて静かに問う。

「質問、オッサンらの依頼人は誰?」
「……ゲオルギウス=コルソン。イルギアってところにいる金持ちだ。10年前、お前に娘に殺されたんだそうだ。俺らはその復讐のために雇われた」
「ダウト。その依頼、ゲオなんとかさんに頼まれたのも事実だろうけどその前に別のやつ経由でオレを殺せって来なかった?」
「……来ていない」

図星を突かれたのか男があからさまに動揺の色を見せた。ヨシュアは否定を口にした男の足を素早く払い、転倒させる。そのままヨシュアは俯せに倒れた男の右腕をブーツのヒールで思い切り踏んで骨ごと粉砕した。肉と骨がぐちゃりと潰れ、男の悲鳴が廃ビルに木霊する。ヨシュアは五月蝿いと言わんばかりにハンドガンで男の左腕を撃ち抜いた。

「泣いてないで答えてもらうぜ。さっきの依頼人の前にオレの情報片手に殺せって依頼持ってきた奴いただろ。そいつだよそいつ。とっととそいつの名前出せよ」
「オレの依頼人はさっき言った奴だけだ!それ以外いない!」
「大方さっきの依頼人はおまけだろ。オレ恨まれっ子だし賞金首だから色んなところで殺しの依頼あるし。一人殺して複数の報酬貰えるならまあ普通そうするよな」
「……」
「ここまで言ってまだ黙るか…。両手潰されてもまだ言えない?もっと痛くなきゃ無理か?」
「だから俺はなにも知らないと…」
「それともなに?脅されでもしてる?」

そういえばピクリとと男の眉が動いた。図星か、とヨシュアが笑う。

「地位?名誉?家族?友人?恋人?どれ使って脅されてるの?」

ヨシュアの問いに男は黙り込んだまま答えない。ヨシュアは溜め息を吐くと男の手足をハンドガンで撃ち抜く。コンクリートの床に赤い血が広がっていくが男は悲鳴すらあげず、何かを決したように口を一文字にして黙りこくっていた。「メンドクセェな」とヨシュアが苛立ち混じりに呟くとそのまま腰を落としてしゃがみ、男の持ち物を漁る。初めは腰についていた小さめのポーチを全部ひっくり返し中身を床に打ちまけるがお目当てのものがなかったらしくそのまま放置した。次に男の懐を漁り、財布を出す。そのまま中身を開き、札やカードなどを一つ一つ確かめていく。

「チッ、二千ジェニーとかしけてんな…」
「お、おい、何をしてる…?」
「クレカに身分証と…おっ、あったあった。オッサンベタだね〜。財布に家族の写真なんて」

ヨシュアは財布から抜き出した一枚の写真をひらひらと振り、見せびらかすように男の前に出した。男の目が見開き、見る見る絶望が滲んでいく。

「これ娘さんと奥さん?結構最近の写真だな。お、よく見りゃ娘さん割とかわいいじゃん。5歳くらい?奥さん似っぽいし将来楽しみだわ」
「か、返せ…!」
「オレってさ馬鹿だし力の加減下手だから正直拷問とか苦手だしオッサンのこと別に見逃してもいいんだよ。オレの情報流した奴の検討だって粗方ついてるし」

ヨシュアは写真を眺めながら淡々という言う。写真から視線を外さない。幼い子供とその母親が穏やかな笑みで笑っている写真。見るからに幸せそうな家族を写したワンフレームは余りにもヨシュアの生きてきた世界からはかけ離れたそれはあまりにも現実味がない。ヨシュアが生まれた時から持ち得なかったそれらはまるで空想上にあるフィクションを見ている気分にさせた。

「関係ないけどさ、オレの知り合いに7歳以下じゃないと勃たないっていうペド野郎がいるんだ」

まるでむずがる小さな幼子をあやすような穏やかな声でヨシュアが言った。天使のような微笑から宛ら聖書の一節のでも呟くように紡がれたその言葉を数瞬遅れて理解したらしい男はただ絶望の色を瞳に宿していった。

「そのヤり方がさ、年端もいかねえガキを生きたまま挽肉寸前まで痛めながらヤるっていうやつでさ」
「…やめてくれ」
「あと人の女じゃねえと勃たない男もいるな。そいつ人妻孕ませて生きたまま腹裂いて胎児を…」
「話す!!話すから…!!!お願いだから家族だけは……!!」
「最初から素直に話せばいいんだよ」

そう言ってヨシュアは冷めた目で男を見ると手に持っていた写真を捨てた。男は観念したようにヨシュアの求めていた情報を話し始めた。
その会話を聞きつつもクロロは先程見たヨシュアの戦闘から総合的に彼の戦闘能力や念能力を導き出す。ヨシュアは以前見た除念能力から恐らく特質系か具現化系に属する能力者だ。だが今回の戦闘で見た強化系のオーラはその辺の強化系の人間より余程威力も精度も高い。何か制約と誓約を掛けているか、或いは苦手は系統であるにも関わらずあの威力を保てるほどのオーラを注ぎ込んでいるのか。後者だとすればヨシュアのそうオーラ量は恐らく普通より遥かに多い。下手すれば化け物と言って差し支えのないレベルだ。今回は見られなかったが恐らく念能力はあの除念能力のみだけでなく何か他にあるのだろう。今すぐにとは言わないが出来ればそれも見て置きたい。いつか盗めるチャンスが来た時のために。
全部聞き終わったのか、確認を取るとヨシュアはそのまま男を床に放置して廃ビルを出た。

「お待たせ。手間取っちった」
「欲しかった情報は手に入ったか?」
「やっぱ推測は合ってたわ。オレを狙ってくる雑魚どもの原因はこの間仲違いしたハンターだったよ」
「仲違い?」
「お前ら狙ってたハンターでさ、色々取引してオレの情報を他のハンターとかに流さないよう操作してくれてたんだけどあんたらと仲良くしたってことバレてさ、敵認定されちゃった」

お前のせいだと言わんばかりにクロロを睨むヨシュア。責任転嫁もいいところだとクロロは思ったが口にすれば面倒なことになりそうなので胸の内に秘めた。

「そいつ性格悪くてさー、一度裏切った相手は死ぬほど嫌がらせするやつだからちょろちょろ雑魚周囲に撒いたり社会的に潰したりとか金と時間を掛けて相手が死なない程度に嫌がることばっかやってくるんだよな」
「面倒な奴だな」
「だろ?性格悪いったらありゃしない。雑魚の襲撃なんかどうってことないせどこの間なんてオレ使ってた口座が全部停止させられたり20カ国くらい出禁になったりとか散々な目に遭ってんだぜ?あいつがこれ人にやってる時はスルーしてたけどやられる立場になると鬱陶しくてしゃあねえな」

ヨシュアは今度話つけにいかなきゃな、とぼやくと心底面倒臭そうな顔をして溜め息を吐いた。そのまま特に身にもならない世間話をお互いにぽつぽつと話しながら路地裏を抜けて人通りの多い繁華街へと向かう。道行く人の中、偶々閉まっていた店のシャッターの前で二人は止まった。

「じゃあさっきの古銃見つかったら連絡する。期日とかはある?」
「特に決めてはいないがそうだな、三ヶ月探しても駄目だったら依頼を取り消しということでいい。また連絡をくれ」
「了解。ぜってえ見つけ出してやるからシズクの連絡先!ちゃんと教えろよ!」

首洗って待ってろよ!とクロロに言うとヨシュアは去っていった。ヨシュアが件の古銃が見つけ、無事にクロロからシズクの連絡先をゲットするのは凡そ二ヶ月後のことである。

20150816


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