うるわしのかのひとに


イエスの母マリア。神の子をその身に宿したかの有名な聖女。彼女に対して連想される一般的なイメージは恐らく「聖母」「処女懐胎」「純潔」「神の子の母」辺りだろう。どれも彼女を穢れなきものと尊び、神聖な存在と崇めるイメージが主だ。だがヨシュアの彼女に対するイメージは90度違う。彼の瞳には神の子を孕んだマリアという女が化け物に見えていた。石膏像や絵画で描かれている柔らかな笑み、優しい眼差し。ヨシュアには母性や純潔を表現するそれら全てが汚らわしく、この世の醜悪を詰めた様な異形の牝にしか見えなかった。
何が聖女だ、処女懐胎だ。不貞働いたのを神を言い訳にして上手く誤魔化しただけの売女じゃねぇか。

「だって考えてもみろよ。あの女がいなかったら、或いはあの女が浮気したビッチだって裁かれてたら、あいつが産んだガキが神の子だなんて祭り上げられなかったら、オレはあんな酷い目に遭わなかったんだぜ?アンタらみたいな頭おかしい連中のうっさい説教聞かされて、酷ぇ折檻受けて、人間だか豚だかわかんねえ様なやつらに蹂躙されることなんてなかったんだぜ?わかる?」

これは幾分か前にヨシュアが自分を始末しに来た宗教団体の追手に向けた言葉だ。ヨシュアは恨んでいた。自分を苦しめた宗教団体だけでなく、神も、神の子も、神の子を生み出した聖母も。自分を殴り、蹴り、犯し、毒を飲まし、這いつくばらせては嘲り、偽りの価値観を与え、常に家畜以下の肉袋として扱い、終いには捌いて十字架に磔にして焼き殺そうとした全てをヨシュアは一生許さない。
彼の念能力「罪悪を孕む女」〈アヴェマリア〉
聖母マリアの姿を象ったその念はヨシュアの恨みから生まれた謂わば八つ当たり的な能力だった。
十字の刃を握り、聖母の腹を裂き、生まれた子を他人に蹂躙させ、殺させる。かつて自分に行われた数々の暴行と屈辱を再現するかの様に。

「………まじかよ」

埃の舞い上がる廃工場の中、ヨシュアは目を見開いてそう呟いた。ヨシュアの念能力、「罪悪を孕む女」〈アヴェマリア〉。この能力はまず除念対象の念を具現化した聖母像に取り込ませ、同じく具現化した十字架を模した飾りナイフで孕んだ腹部を裂き、そこから念獣を産み出し、それを除念の依頼人と他二人の人間に殺させることで除念する。
この能力にはいくつか制約と誓約がある。まず除念対象。「罪悪を孕む女」が出来る除念は死者の念のみ。生者が掛けた念の除念は出来ない。また、ヨシュアに関わるもの(ヨシュア自身や、ヨシュアの意思で除念したいと思ったもの)に掛かった念は除念することが出来ない。他者が依頼した除念対象が偶々ヨシュアも除念したい対象だった場合はこの制約は適応されない。
次に除念の際の制約。聖母を切り裂く際に具現化した十字架のナイフで聖母像、または聖母が産んだ念獣以外を傷つけてはならない。これを破った場合、その時点で除念は失敗。ペナルティーとしてヨシュアの腹が裂ける。ヨシュアが聖母の腹を切り裂いた時の様に。
その他の条件は先程クロロ達に説明したように6時間の時間制限と依頼人と他二人以外が念獣に手出し(攻撃に加勢は勿論、治療、助言なども含む)することだけだ。こちらは破った時点で即除念失敗以外に特にペナルティーはない。
前置きが長くなってしまった。ただヨシュアは目の前の光景を唖然としながら見ていた。

「おい除念師ぃ!!この変なのぶっ殺したぞ!!!これでいいのか!?」

瓦礫の上で胡坐をかいて呆然としていたヨシュアにウボォーギンはそう声を掛けた。ヨシュアは我に返る様にハッとしては状況を把握するためにここまでに至った経緯を思い出す。
具現化した念獣にナイフを喰わせた後、ヨシュアは廃工場の隅に寄り適当な瓦礫の上に座って胡坐をかいた。クロロに勢いよく飛びかかる念獣。クロロはそれを軽く避けてそのまま数歩跳び退いては念獣と距離を置いて構えた。側にいたウボォーギンとシャルネークもクロロからは距離を取り過ぎない程度に念獣から距離を置き、ウボォーギンは拳を構え、シャルナークはアンテナを一つ右手に持ってそれぞれ戦闘態勢に入る。念獣は大きな口を顎が外れるんじゃないかと思う程大きく開き、牙を剥き出しにして耳障りな奇声をあげた。その声で廃工場の古びた壁や割れた窓硝子が大きく震えるのを感じつつあヨシュアはぼんやりと念獣と3人の姿を眺めていた。クロロに知らせていなかったがこの「罪悪を孕む女」で具現化される念獣は基本的にその除念する対象についていた念に関係するものが多い。先日除念した念なんかは特に顕著だった。死した妻の念が後妻(元々愛人だったらしい)に掛かったので除念して欲しいという依頼。後妻についていた念を「罪悪を孕む女」で
念獣として具現化した。この時の念獣は現在クロロ達が戦っている様なあからさまな「化物」ではなくごく普通の女の姿だった。この念獣を見た途端に依頼人が卒倒した。どうやら念獣は亡き前妻とそっくりな姿をしていたらしい。前妻と同じ姿で、おまけに声も前妻とそっくり。その口から零れる言葉も彼女そのもの。除念の結果は依頼人のプライバシーに関わるので置いておくとして「罪悪を孕む女」で具現化した念獣はこの様に除念する念に大きく関わっていることが多い。
今回のこの念獣のベースは何から来ているのだろう。元々今回の除念対象がどこから来たのか、どんな経路で幻影旅団の手に渡ったかも知らないヨシュアには想像すら出来ないことだったので早々に考えることを放棄した。(余談だがこの念獣の姿のベースはこの念が掛かっていた「亡夢論」の中に挿絵付きで出てくる「人の言葉を解す怪物」がモデルだということが除念完了後に本を読破したクロロによって判明した)
ヨシュアは念獣の奇声とコンクリートが抉れていく音をBGMに視線を男三人と気持ち悪い念獣の戦闘からシズクの方へと向ける。最初のサンドイッチを食べ終わり、デザートであろうコンビニスイーツのカップのチョコパフェを食べるシズク。スプーンでチョコレートクリームを掬って口に入れる彼女の姿を見てヨシュアは頬の緩みを抑えることもせず瞬きさえ忘れる程ガン見していた。ヨシュアの経験上、この念獣討伐に掛かる時間は失敗した例も含み、平均一時間から三時間だ。自分で言うのもなんだが死者の念によって具現化される念獣は強く、厄介だ。具現化される殆どの念獣が戦闘能力と面倒な念能力を備えており、念獣を殺すのに必然的に時間が掛かる場合が多い。ヨシュアは折角の整った顔立ちが全力で崩れるくらい頬を緩める。低く見積もっても最低あと一時間、自分はシズクを眺めていられる。一時間経っても除念が終わってなかったら頑張って話し掛けてみよう。そしてあの夜のお礼を言おう。ヨシュアが緩んだ顔を引き締め、決意を胸に拳を強く握ったその時だった。
ドゴォオオオン!!というミサイルが被弾したかの様な音が廃工場に響いた。コンクリートの床が捲れ、その破片が宙を舞い、埃っぽい廃工場の床からも数瞬遅れて砂埃が舞い上がる。
何事だ、とヨシュアが反射的に爆発音の音源の方へと顔を向けた。

「………………」

まず彼の目に映ったのは先程の爆発音で出来たであろうクレーター。廃工場の古びたコンクリートの床にはちょっと派手で豪快過ぎる装飾にヨシュアの頬は引き攣った。何があったのかゆっくり理解し始めたからだ。
ヨシュアは受け止めたくない現実を確認する様にクレーターの中心に目を向ける。砂埃が未だ収まらぬ中、その中心にいたウボォーギン。その拳には特質系のヨシュアでは一生纏うことなど出来ない量の強化系のオーラ。彼の足元には緑とも茶色とも取れぬ濁ったドブみたいな液体を撒き散らして潰れた何かがあった。どう見てもあの気持ち悪い念獣の死骸だ。念獣が潰れた際に体内にあったナイフも一緒に粉砕したのだろう。除念が完了した時特有のオーラの揺らぎがヨシュアの身体に這っていく。

「おい除念師!!聴いてんのか!!」
「うっせーなバカっ!!聴いてるよ!!!」

半ばキレ気味で立ち上がり、怒鳴る様にしてウボォーギンに返事をする。

「はぁ?バカとはなん…」
「ふざけんなよちくしょう…!オレが折角決意固めたところをな!邪魔しやがって!!!なんだよもっとちんたら戦えよクソが!!」

ヨシュアはウボォーギンを睨み、理不尽に怒鳴りつけながら言った。
駄々を捏ねて地団駄を踏む様にヨシュアはコンクリートの床を何度も踏みつける。ヒールの高い軍靴が床と接触する度にコンクリートに罅が入り、時には抉れては小さな破片がぱらぱらと散らばった。
女性的で柔和な造りの顔を怒りと悲しみ、そして悔しさが綯い交ぜになった色に染め、内に潜む黒い感情を全て練り合わせたような鬼気迫るオーラを出しながら床を踏み付けるヨシュア。
いきなり馬鹿呼ばわりされた挙句理不尽に怒鳴られて眉間に青筋を立てたウボォーギンだったがそんな彼の姿を見て若干呆気に取られた様な顔をした。わかりやすく言うなら「何言ってんだこいつ」という顔である。
ヨシュアは床を数度踏み付けて落ち着いたのか小さく息を吐いて脚を軽く振り、軍靴に付いた石片や砂を払った。やや不機嫌気味な顔でウボォーギンのいるクレーターの中心に行くとそのまま溝色の液体を撒き散らす念獣の死骸の前に立つ。

「うわ…ぺしゃんこに潰れてる…きしょ…もっと綺麗に殺せよ…」

ブツブツ文句を言いながらヨシュアは念獣の死骸の表面を一撫でした。すると未だ生命の生暖かさが残っていた念獣の死骸が無機質的な冷たさを帯び、飛び散った周りの体液と共に石膏の様に固まっていく。完全に固まって宛ら生き物から無機質な物体へと変わったそれはそのまま身体全体に大きく亀裂が入るとそこからボロボロと崩れては最後は砂の様な粒子状になると除念の終わった本だけ残し、跡形もなく消え去った。
ヨシュアはクレーターの中心に残った本を拾うと一度凝で異常の有無を確認してからパラパラと本を捲る。

「あいよ、除念完了。これで読んでも死なねえぜ」

おらよ、と除念仕立ての本をヨシュアはクレーターの周囲より一メートル程離れた場所にいたクロロに向かって乱暴に投げた。クロロは本を片手で受け止めると凝をして本の確認を始める。表紙、裏表紙、と本を見回し、試しに表紙に手を掛ける。内容を確認しようとしても纏っていた禍々しいオーラは出てこない。そのまま表紙を捲り、先程のヨシュアと同じ様にパラパラと中身を確認する様に捲った。特に異常はない。

「ちゃんと除念できてんだろ?」
「ああ」
「仕事終わりだよな?」
「ああ」
「……」
「…なんだ?」

クロロは本に落としていた視線をヨシュアに向ける。そこには、どこか落ち着かない…いや、もじもじとした…そう、もじもじとした態度で目線を遠慮がちに伏せて頬を染める青年がいた。
宝石のようなアーモンド型の大きな瞳。その瞳を翳らす程長い伏せた睫毛。白い肌に桜花が綻んだ様に色づいた頬。何かもの言いたげに薄く開いた瑞々しい桜桃の様な唇。美少女ばりに整った男が潤んだ熱っぽい視線でクロロを見つめていた。ぞわりとクロロの背筋に言いようのない寒気が走った。いくら顔が美少女と見紛うほど美しく整っていようがヨシュアは正真正銘股間に逸物を抱えた男である。熱っぽい視線を男から向けられるという事態には流石のクロロも生理的嫌悪を感じたのか眉間に皺を寄せ、表情を僅かに固まらせた。

「なあ、団長さん」
「…なんだ」

熱っぽい視線がじっとクロロを射抜く。顔は美貌の少女、しかし身体は細いながら筋肉のついた正真正銘の男だ。クロロに同性に迫られて喜ぶ趣味はない。嫌悪がじわじわと表情に露出していくのがわかったのか横でその様子を見ていたシャルナークがクロロの顔を見て小さく噴き出した。その笑い声を聴いてクロロが小さくシャルナークを睨んでいる間に漸く決心がついたのかヨシュアが桃色の唇から言葉を紡いだ。

「し、シズクに、…話し掛けても、いい?」

恥ずかしそうな真っ赤な頬で呟かれた言葉。そんなことか、とクロロは安堵の溜め息を吐いた。この仕事を引き受けると言い出した時も思ったがこの男は何があったのか知らないがシズクに好意を抱いているらしい。

「なぜオレに態々許可を取る」
「大した意味はないよ。心の準備だと思って。それと…」
「それと?」
「リーダーのアンタが会話の許可出したって言えば無下にはされないかなーってちょっと…思いました…」

恥ずかしげに俯いた男の姿にクロロは絶句した。なんだこいつは。面倒臭い。

「オレは確かに幻影旅団のリーダーだが飽くまでそれは幻影旅団という枠組みの中だけの話だ。個人のプライベートまで関与する権限はない。お前がシズクに話し掛ける話し掛けないは個人の問題だ。勝手にすればいい」

そう言えばヨシュアの瞳がきらきらと輝き出し、酷く嬉しそうな笑みを浮かべた。可愛らしい顔立ちに浮かんだはにかんだ笑みはさながら恋する乙女の様でとても愛らしい。だが男だ。
美少年愛の人間ならそのまま卒倒しそうな極上の笑みだったがその様な趣向への嗜みのないクロロからすれば不気味以外の何物でもない。

「シズクに話しかけてくる!!」

そう言ってヨシュアは全身の力を脚力に変換したような速さで廃工場の端でマチやパクノダと世間話をしていたシズクの元へと駆け出した。




「あの、シズク!!!」

マチやパクノダとオールバックの人は本当に禿げやすいのか否か、の話で盛り上がりかけていた最中にその声は聞こえた。少し緊張した様な色を宿したその声は男性にしては高く、女性にしてはかなりハスキーで中性的だ。旅団のメンバーの誰にも該当しないそれに疑問符を浮かべながらシズクは振り向けばクロロが依頼したという除念師の姿があった。

「その、えっと…、お、オレのこと憶えてる…?三ヶ月くらい前にさ、ソティヤのバーで…」

シズクは視界に捉えた男の姿をよく観察した。まず一番最初に目についたのは彼の顔。長い睫毛に大きな瞳、小さな鼻に桃色の唇。ニキビもかさつきもない肌理細やかな白い肌とそこに色づく赤い頬。綺麗に整った顔立ちはまるで以前にどこかの屋敷で盗んだ精巧なビスクドールを連想させた。女の子みたいな顔。そうシズクはぼんやりと思った。

「ちょっとシズク、アンタこの除念師と知り合いだったの?」

マチが警戒するように目尻を釣り上げて除念師の男を見ながらシズクに訊く。シズクはマチの問いにきょとんと目を丸くしながら答えた。

「え?あたし知らないよ。この人今日初めて会ったし…」

シズクの言葉に目の前の女顔男は頭に盥が落ちたかの様に凄くショックを受けた様な顔をし、表情を僅かに沈ませる。顔に出やすいタイプの人間なのか、と二人のやり取りを横で見ていたマチは思った。

「三ヶ月前にソティヤって確か仕事で行ったわよね。ほら、森の中にあったお屋敷」

パクノダが助け舟を出す様にシズクに言う。シズクはそんなパクノダの言葉に腕を組んで「うーん…」と小さく唸りながら記憶を漁る。ソティヤに旅団の仕事で盗みに入ったのは憶えている。街外れにある森の奥の奥にひっそりと佇む屋敷で偏屈な老人が高値で悪趣味な美術品と共に暮らしていた。その老人が所有する「終結の祝杯」という杯を狙い、盗みに入ったのだ。その辺りはちゃんと憶えている。だがその前にバーなんて入っただろうか。思い出せない。思い出せないということは多分行ってないのだろう。

「やっぱりあたしバーなんて行ってないしこの人とも会ってないよ。人違いだよ」

シズクがそう言えば除念師はわかりやすく項垂れた。そのまましゃがみ込んで蹲りそうなくらい酷い落ち込みっぷりだった。

「シズクは一度忘れると絶対思い出さないから…」

あまりの落ち込みっぷりを哀れに思ったのかパクノダがフォローなのか怪しいフォローを入れる。それを聞いてか否か除念師は項垂れて俯いた顔を直ぐにバッと上げて軍服の様なデザインのズボンのポケットから薄い金属製のハードケースを取り出す。どうやらそのハードケースは名刺入れだった様で除念師はそこから一枚名刺を取り出すと、両手の指先で持ち、頭を下げながらシズクに差し出した。

「憶えてなくてもいいです!オレ、ヨシュア=プリエール!便利屋やってます!できないことも結構あるけど戦闘とか護衛とか得意だから何かあったら呼んで!オレに出来なさそうなことでも呼んで!兎に角困ったら呼んで!!出来る範囲で力になるし、シズクの為なら死ぬ気で頑張るからッ!!!」

頭を深く下げ、名刺を差し出し、震えた声を精一杯張り上げるヨシュアのその姿は宛ら憧れの先輩にラブレターを渡す女学生の様だったと後にマチとパクノダは語る。
事態が飲み込めず、きょとんとした顔を浮かべながらシズクは差し出された名刺を受け取った。指に力が篭り過ぎて若干皺が付いたそれを眺める。ヨシュア=プリエールという彼の名前とその横にメールアドレスと電話番号だけが書かれた簡素な名刺。顔を上げ、名刺に移していた視線を彼の方へやった。ヨシュアも深く下げていた頭を丁度起こしたのだろう。タイミング良くシズクの瞳とヨシュアの瞳の視線がばちりと合った。シズクと目が会った途端、ヨシュアの顔が茹で蛸の様に赤くなる。ぷしゅぷしゅと湯気が出そうなほど赤くなった顔を隠す様にヨシュアはシズクから顔を逸らす。そんな先ほどから奇怪な行動ばかりを起こすヨシュアを見てシズクは不思議そうに首を傾げ、ヨシュアを見た。シズクがヨシュアをぼんやり眺めること時十数秒。ほんの十数秒でもシズクの自分を眺める視線に耐え切れなくなったらしいヨシュアが赤くなった顔を右手の甲で隠しながら震える唇を開いた。

「あの、その、ほんと、その…お、お金とか取らないから困った時はその名刺の番号かアドレスで呼んで!えっと…直ぐ駆け付けるし、力になるから…」

じゃあね!!と最後の声を振り絞るとヨシュアは逃げる様に駆け出していった。駆け出す際の踏み込みの一歩で廃工場のコンクリートの床が抉れ、砂埃を巻き起こす様な凄まじい速さの逃亡だった。

「なんだったんだアイツ」
「目的はバレバレだったわよね…」
「あの態度じゃね…」
「目的?なにそれ?あの人何か目的あったの?」

シズクのその発言に女性二人が目を僅かに見開いて驚いた表情を浮かべる。驚きの色の次はマチは「有り得ない」と言いたげな表情を、パクノダは若干引きつった苦笑をそれぞれ顔に浮かべた。あの除念師の目的を言ってやるべきか否か。どちらがいいのだろう。どっちにしたってシズクは興味がなさそうだが。
人の恋路なんてあまり他人が口を出していいものじゃないだろう。二人がヨシュアに対し何か義理がある訳ではないし、ましてや恨みがある訳でもない。個人の問題に口を出す程悪趣味でもなければお人好しでもないのだ。シズクは自身の疑問に特にこれと言った答えを出さない二人をさした気にも止めずヨシュアが渡してきた名刺を眺める。

「これどうしよう…取っておいた方がいいのかな」

シズクは処分に困ったヨシュアの名刺を廃墟のテーブル(と呼ばれてるだけのただの大きな瓦礫)に一旦置く。名刺はそのまま置いたことすら忘れられ、電話番号もメールアドレスも登録されぬまま置き去りにされた。
20140818


<<< home >>>


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -