さだめにならいしみこころは


ヨシュア=プリエール。20代前半。男。紙の右上にクリップで重ねられた写真に写るその顔は年齢にしては随分と幼く、何より性別を間違えた様に女らしい。首から上だけ切り取れば女と間違えてしまいそうな顔の造りをしている。
現在カリイオテス共和国ノーマン教27人殺害事件の犯人として警察及びハンター協会から指名手配中。念能力者。能力の詳細は不明だが除念能力があることだけは確認されている。また、ハンター協会から派遣された七人の賞金首ハンター(その内一人はシングルハンター)を殺害、又は重傷を負わせ返り討ちにした経歴からかなりの手練れと予想される。
独立武装傭兵組織、通称「ジュアン軍」の元副隊長。ジュアン軍とは隊長であるジュアン=フェザンレーヴが造り上げた傭兵組織だ。金さえ出せばどこの誰にでも味方し、数多の戦場を荒らしているその組織は隊員の殆どがならず者やゴロツキで構成されており、戦闘能力の高さは折り紙付きだが隊員の素行の悪さ残虐さ、それに各地で起こされた問題行動から悪名も高い。
ヨシュア=プリエールは荒くれ者が集うジュアン軍のNo.2まで昇り詰めたが二年程前に軍を抜け、現在は個人で便利屋を経営。

旅団の情報処理担当、シャルナークが纏めた資料を読み終えるとクロロはそれを脇に置くと自分の右隣にそっと置かれた一冊の古書を見た。今は亡きノーミリア王国の約100年前の思想家、リアン=マグリット著の「亡夢論」。当時のノーミリア王国の独裁政治を物語調で痛烈に批判し、革命を民衆に訴えかける内容が綴られた本だ。当時のノーミリア王の逆鱗に触れたこの本は直ぐに発行が中止され、国中で回収された後に処分され、更には著者であるリアン=マグリットも反逆罪で死刑となった。そのせいかこの本は出回った分が少なく、しかもその数少ない出回った本の大半が処分されたこともあり、幻の本の一つとしてコレクターやマニアの間で有名だった。
その本が先日、あるコレクターの死後、「亡夢論」を含んだ彼の膨大な古書のコレクションがある図書館に寄贈された。
その話を訊いて古書好きのクロロは「亡夢論」含む寄贈された希少価値の高い古書たち、それと以前から目を付けていた一般閲覧不可となっていたいくつかの古書と共に盗んできたのだ。
早速読書に入ろうかとクロロが「亡夢論」に触れた途端、決して良いものとは言えない禍々しいオーラが「亡夢論」を包んだ。突然発動した念に驚いたクロロは警戒しつつも本を一度置いては凝をして自身の身体を確かめる。特に異変は見当たらない。それどころかあの本から出ていた禍々しいオーラすら消えている。不思議に思ったクロロは凝をしながら再び本を手に取り、表紙を捲ろうとした。するとまた不思議なことにあの禍々しいオーラが現れ、古ぼけたハードカバー全体を包む。この本を読もうとすると発動する念。
クロロはそう予測を付けると意図的に掛けられた念なのか、或いは怨念などの強い感情が生み出した無意識的な念なのか判断すべくシャルナークにこの本について(人使いが荒いと文句を言われながらも)調べて貰った。
どうやら図書館に寄贈されたこの本を借りたらしい学者やビブリオマニア達計七人がこの本を読了後一月以内に皆変死していることがわかった。
どうやらこの本の前の持ち主だった古書コレクターは「亡夢論」の著者、リアン=マグリットの大ファンだったらしい。リアン=マグリットの著書はいくつかあるがその中でも今クロロの手にしている「亡夢論」はコレクターの間でも幻と言われる程希少価値が高い。どうやら前の持ち主は「亡夢論」を親しいコレクター仲間にすら見せず、なるべく人目に触れない様厳重に保管するほど思い入れがあったらしい。本に対する執着が死して尚強い念となり本に取り付く、か。マニアの鏡だな、とクロロは内心皮肉りながらもシャルナークに今度は除念師を探させた。
雪男より探すのが困難と言われている中、漸く見つけた除念師、それが前述したヨシュア=プリエールだ。どうやら死者の念限定の除念能力があるらしい。既に(シャルナークが)連絡を取り、約束を取り付けてある。

「団長、そろそろ例の除念師が来る頃じゃない?」

横でクロロが脇に置いたままだったヨシュアの資料を眺めながらシャルナークが言った。クロロは懐から携帯を取り出し、画面を開いて時間を確認する。午後2時50分。約束の時間は午後3時だ。そろそろヨシュアが仮のアジトにしている廃工場に来る頃だろう。クロロは視線を動かし周囲を軽く確認する。現在仮アジトにいる団員は自分の横にいるシャルナークと少し離れたところで酒を飲みながら何やら馬鹿笑いをしてるノブナガ、ウボォーギンの二人、それにパクノダ、シズク、マチが買い出しからそろそろ戻ってくる筈だ。
時間確認の為だけに出した携帯を懐にしまった途端、団員ではない、妙な気配を纏った人間がアジトに近づいてくるのを感知した。

「団長、噂をすればだよ」

シャルナークも気づいたのかクロロと共に廃工場の入り口へと視線を向けてそう言った。一歩一歩、どこか警戒しながら確実にこちらに近付いてくる気配の主はそう幾ばくも経たない内に姿を現した。

「あんたが今回の依頼人?」
「お前がヨシュア=プリエールか?」

そうだよ、と廃工場の入り口から静かに現れた男は落ち着いた声でクロロの問いにそう答えるとそのまま緩やかに廃工場の中へと足を踏み入れる。

「シャル、あいつ誰だ?」

突然現れた訪問者に周りで酒盛りをしていたノブナガとウボォーギンが警戒しつつシャルに説明を求めた。

「団長が頼んでた除念師だよ」
「除念師ぃ?なんでそんなモンがここにいるんだよ?」
「団長が盗んできた本に変な念掛かってたからそれ用に除念師が来るって昼に説明しなかったっけ…?」

んなもん忘れた、と揃って言う彼らにシャルナークはそっと溜め息を吐く。
そんな会話が横で成される中、クロロは観察する様にヨシュア=プリエールを見た。
服装は上半身は臍が見える程胴の丈が短いハイネック型の黒いボディースパッツ、下半身は渋いカーキ色の軍用ズボンに腰には無骨な黒いベルト、そこにぶら下がるナイフケースとガンホルダー。この全身ミリタリーファッションは恐らく軍人時代の名残なのだろうか。クロロはそんなことを考えながらそのままヨシュアの顔を見た。写真で見た時も思ったが顔が随分中性的…いや、女性的だ。幼さを残すアーモンド型の大きな瞳に肌理細やかな白い肌、そこに浮かぶ淡い桜色の唇はそこらの女性より余程愛らしい造りをしている。顔の幼さに反して背はかなり高い。シャルナークより高いだろうか、とそれとなく彼の足元に視線をやれば踵の高い黒のブーツでいくらか身長が偽装されていた。このブーツのヒール分を抜けば自分と同じくらいになるだろう。
体格はかなり細い。いや、細いというより薄いの方が的確だろう。丸っきり筋肉が付いていない訳ではない。黒色のボディースパッツから浮かぶ胸の筋肉はそこそこ逞しく膨らんでいるし剥き出しになっている腕にも男性的な筋肉のラインが淡くついているがやはり元軍人の割りに筋肉の付きが悪いせいかガタイの良くない印象が拭えない。たおやかな女性的な顔も相俟ってかなり頼りない外見に見える。
クロロが観察を続ける中、ヨシュアは瓦礫の散らばる廃工場の床を静かに進み、クロロ達の3メートル程距離を置いたところで立ち止まった。ヨシュアは何故かクロロを見ては不機嫌そうに眉間に大きく皺を刻み、敵意剥き出しのオーラを周りに漂わせている。

「アンタらってさ、幻影旅団だろ」

あからさまに不機嫌そうな声が廃工場に響く。何故こいつはこちらの素性を知っているのだろう。コンタクトを取る際、こちらが幻影旅団と名乗っていない筈だ。ヨシュアが調べたのか、或いは元々持っていた断片的な情報と照らし合わせて偶々勘づいたか、どちらにせよバレたところでさした問題ではない。

「そうだが、何か問題でもあるのか?」
「問題大有りだ!クソッ!!幻影旅団何て予め知ってりゃ依頼なんて受けなかったのに…っ!!」

苛立ち混じりに瓦礫を蹴り、ブーツの底で思い切り床をダンッ!と踏みつける。

「お前らには個人的な恨みがあるから正直関わりたくないんだよ」
「恨み?」
「お前ら二ヶ月前に美術館襲ったろ。ナユタ国立美術館」
「ナユタ国立…あぁ、あそこか」

ナユタ国立美術館、そこに展示されていた「落ちた天国」という絵画を盗む為にクロロ達幻影旅団は二ヶ月程前に襲撃した。

「それがどうした」
「お前達の美術館襲撃に巻き込まれてオレの仕事の依頼人が死んだんだよ。お陰で一ヶ月かけてコツコツ準備してた仕事が依頼人死んでおじゃんだ!!金が入り用だって時によ!!」

ダンッと再び床を踏みつけて怒りを露にするヨシュアにクロロは少し呆れた。ヨシュアからすれば重大なことだったのだろうがクロロからすれば金など正直取るに足らない事柄だ。そう呆れつつもクロロは内心ほくそ笑んだ。金を基準に動く守銭奴なら扱い易い。便利屋を営めるということは戦闘、運び、護衛、情報収集と広範囲のことに対してそれなりに高いスキルを有しているということだ。高いスキルを持った金で動く人間。それにこいつは死者の念限定とはいえ探し出すことすら困難な除念能力者だ。繋がりを持っておいて損は無いだろうし上手く行けば除念能力を盗むことも可能だろう。
クロロが彼を宥め、上手く懐柔する計画を練り始める中、苛立ち混じりにヨシュアは更に言葉を続ける。

「それともう一つ、アンタらと関わりたくない理由があんだよ」
「なんだ」
「オレの知り合いにさ、賞金首ハンターいるんだ。そいつがお前ら蜘蛛の首狙ってるからお前らに関わってるのバレたらオレの首も飛ぶ」
「オレ達の顔はそのハンターに教えて貰ったのか?」
「教えて貰ったっつーよりあいつ…あ、例のハンターね。そいつの持ってる資料にあんたの写真があったんだよ。それを偶々憶えてただけ。でこっぱちに趣味悪りぃ十字架入れた男。あんた以外の団員の顔は初見だよ、団長さん」

不機嫌そうな声でそう言うとヨシュアは小さく息を吐き、眉間に寄せた皺をそのままにクロロの方を睨んではまた唇を開く。

「まあ兎に角オレはさ、出来るだけそのハンターを敵に回したくないんだよ。オレってアンタらと違って結構顔割れてるタイプの賞金首だからさ、そいつが裏で情報操作とかしてくれないと変なのに絡まれて鬱陶しくってさ…まぁこの話はいいや。つまり何が言いたいかっていうと、」

オレ、アンタ達からの依頼受けられねぇわ。そうヨシュアは静かな声でクロロに告げる。今までの不機嫌そうな声から一転した静かな声音は宛ら鋭利な刃物の様だ。声と共に彼の周りを包むオーラも不機嫌そうに揺らめいていた物から洗練された静寂なオーラへと変わる。いつでも戦闘に入れる、そう言わんばかりに発せられたヨシュアのオーラに隣にいたシャルナーク、そして遠巻き眺めていたウボォーギンやノブナガが反射的に身構えた。

「今回は縁がなかったってことで今日の話はお互い忘れて無かったことにしてくれ」

じゃあな、とそのままクロロ達に背を向けてヨシュアは去っていく。「捕まえる?」とシャルナークは後ろ手に操作用のアンテナと愛用の携帯を構えつつクロロにアイコンタクトを取るがクロロは無言で首を横に振った。あの洗練されたオーラ、それに元軍人──しかもあの悪名高いジュアン軍の副隊長まで昇り詰めた男だ。数ではこちらが勝っているが捕まえるのには大分骨が折れるだろう。それにあの手の人間は恐らく無理矢理捩じ伏せたところで容易にこちらの要求を飲む様な真似はしないタイプだ。クロロは脇に置いてある「亡夢論」を横目で見遣る。除念能力は惜しいが今回は諦めるのが得策だろう。最悪、他に目ぼしい除念能力者が見つからなければ彼と繋がりがあるという賞金首ハンターを殺して彼との利害関係ごと無くしてから再度依頼すればいい。これなら彼の断る理由も無くなるだろう。

「団長ただいま。プリン売ってなかったから代わりにゼリーを…って誰この男」
「昼頃言ってた例の除念師じゃない?」
「除念師?そんなこと言ってたっけ?あたし聞いてないよ」

ヨシュアの脚が廃工場の出入口に差し掛かろうとした瞬間、買い出しから帰ってきたマチとパクノダとシズクと鉢合わせた。彼女達の姿を捉えた途端、この場を去ろうとしていたヨシュアの脚が止まっては入り口手前で棒立ちになり、完全に動かなくなる。そんな彼を三人は少し邪魔に思いながら食料や生活必需品が入った荷物を抱えて廃工場の中へと入っていく。
時間にして30秒くらいだろうか。入り口手前で硬直していたヨシュアが唐突に我に返り、凄まじい俊敏さでクロロの前に戻ってきた。

「貸せ」

そう言って突き出されたヨシュアの右掌。

「何をだ」
「本だよ!ほ・ん!!除念したいんだろ!?やってやんよ!!」

唐突に変わったヨシュアの態度にクロロの顔に少なからず驚きの色が滲んだ。一体この短時間でこの男の心境にどんな変化があったのだろうか。

「ハンターとの繋がりはいいのか?」
「んなもんゴミ箱に捨てた」

真剣な顔できっぱりとそう言い切るヨシュアに隣で見ていたシャルナークが「なんだこいつ…」と呆れ混じりに小さく呟くのが聞こえた。シャルナークと同じ意見をクロロも胸の中で呟きつつ再度確認する様に訪ねる。

「本当に受けるんだな?今度撤回すればこちらもそれ相応の処置を取る」
「あぁ、受ける。つーか金もいいよ。その代わり…」
「その代わり?」

不意にヨシュアの顔に朱色が走った。長い睫毛で縁取られている大きな瞳は羞恥から僅かに潤み、女染みた顔立ちも相俟ってその表情は年頃の乙女の様な女々しさを放っている。

「あそこにいる黒髪眼鏡の女の子の名前を教えてください…」

密やかな声で紡がれた言葉は、宛ら蚊が鳴く様に小さく、何より弱々しく震えていた。彼の視線の先には買い出しの荷物からビールを取り出してはウボォーギンやノブナガに渡しているシズクの姿がある。
先程まで研磨された鋭い刃物の様なオーラを放っていた目の前の男の豹変振りに流石のクロロも動揺が隠せなかったのかあからさまに目を見開き、驚きの表情を浮かべている。隣にいるシャルナークなど童顔気味の丸い瞳を更に丸くさせ、ヨシュアを凝視していた。
そんな二人の視線で漸く頬の火照りに気付いたのかヨシュアは咄嗟に自身の表情を隠す様に両手で顔を覆う。その仕草がやけに女性的だったせいかヨシュアの雰囲気を更に乙女のものへと昇華させていた。
「何こいつ気持ち悪い…」とそんなヨシュアの様子を見たクロロとシャルナークの心の声が本人達の意図しないところでシンクロした。

20140310


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