物心がついた頃、私は既に流星街というゴミ山の中にいた。隣には気付いたらクロロがいた。この表現だとクロロがかなり幽霊染みているが文字通り、物心ついたばかりの右も左もわからなかった私の隣にはいつの間にかクロロがいた。流星街というゴミ山は幼い子供が一人で生きていくには難し過ぎる環境だったから、無意識に一緒に居てくれる誰かを求めていたからかもしれない。クロロも多分似たような理由で私の隣にいたのだろう。気づけば私達はどちらともなく手を取り合い、お互いに支え合って生きていた。私が食べ物を探しに行っている間、クロロは飲み水を探しに行き、本を見付ければ並んで読み、寒い夜は身を寄せ合って眠り、誰かが危害を加えてきた時は一緒に応戦し、時に逃亡した。
私達はお互いのことを一切語らなかった。いや、多分語らなかったんじゃなくて語れなかったんだと思う。恐らく私達は人に語れる程自分のことを知らなかったのだ。そのまま私達は成長していき、性差などろくに無かった子供から男女の差が顕著になり始めた少年少女へと歩みを進めていった。気付けば私達の周りには自分達同様に捨てられた子供たちが集まってちょっとしたグループの様になっていた。私達が成長しようが周りに仲間が増えようがそれでも私達の関係は今までと変わらなかった。一緒に食事を探して、見付けてきた本を読んで、寄り添って寝た。いや、少し変わったところがある。お互いの身体に男女の差が出てきたせいだろう。私達は所謂肉体関係というものを持った。そういうことに興味を持ち始めた頃に一番近い所にいた異性。私達がこうなるのはある意味自然な流れの様な気がした。私の初めてはクロロだった。クロロの初めても多分私じゃないかな。訊いたところできっと教えてくれないだろうから確かめようがないけれど。
まぁそれは置いといて、話を戻そうか。私達が子供から少年少女になり、それからまた長い月日を経たある日、彼と周りにいる子達は幻影旅団というものを結成していた。リーダーはクロロ。このゴミ山を脱け出して外に行くんだそうだ。誘われたけど私は入らなかった。別に特別な理由があったから入らなかった訳ではない。ただ単純に興味が無かったからだ。別にクロロは何も言わなかったし、周りの皆も何も言わなかった。
皆が外に出た頃とほぼ同時に、私も外に出た。理由は、うーん…あったかなー…。まぁ、多分クロロのいない流星街に興味が無かったからだろう。クロロに着いていかなかった癖にクロロがいない流星街は寂しいから出ていく、というのは矛盾している気がするけど、所詮人間なんて気紛れなものだからこの程度の矛盾なんて日常茶飯事だろう。少なくとも私はそうだ。結構適当に生きている。
流星街から出てった私はふらふらとゴミ山から広がった世界を軽く放浪し、時折旅団の皆と連絡を取りつつも何の奇跡か普通の会社に就職し、普通のOLになった。会社の制服を着た私を見てノブナガやフィンクスが大爆笑しやがったのでぶん殴ったのは覚えている。
定職についたので私は会社から何駅分か離れた街のマンションに住むことにした。ワンルームの狭いマンション。私のその時のお給料じゃこの小さな一室しか借りられなかったのだ。因みにクロロはこの部屋に来てまず始めに発した言葉が「狭いな」だった。失礼なやつだ。そんな失礼なやつに普通に合鍵を渡してしまった私はきっと馬鹿なやつだ。

「はい、珈琲」

あまり大きいとは言えない折り畳み式のミニテーブルに私は温かい珈琲の入ったマグカップを置いた。クロロは視線を本に向けたまま、何も言わずにマグカップを手に取り珈琲に口を付ける。私はそんな彼を眺めながら自分のマグカップに口を付けた。
ベッドとテーブルと本棚とクローゼットが若干無理矢理な感じに同じ空間に押し込まれたワンルーム。「狭い」と文句を言った彼はそんな私の住み処に時折訪れてきた。滞在時間は常にまちまち。数時間で帰ってしまう時もあれば1週間以上泊まっていく時もある。よくわからない。彼からすれば安月給な仕事に就き、こんな狭い場所に好んで住む私の方がわからないだろう。理解出来ないのはお互い様というやつだ。
彼が口を付けていたマグカップをテーブルに置いて再度本を捲り始める。そのタイミングを見計らって私もテーブルに持っていたマグカップを置くとクロロの隣に移動して彼が持っていた本を覗き込んだ。

「何読んでるの?」
「恋愛小説だな」
「どんな話?」
「男がある女に恋をする。修道女で神に心を奪われ、身を捧げている。今男が自身を神だと騙り、女と共に神父を殺して、教会を燃やしたところまで進んだ」
「恋愛小説…?」

彼の口にしたジャンル区分に若干の疑問を覚えつつそのまま彼の手元の本を覗き込む。ふむ、地の文の言い回しを見る限りかなり難しい小説の様だ。文章読解力に長けていない私じゃ読破するのにクロロの十倍は掛かるだろう。私はクロロの本から視線を部屋の角にある本棚へと移し、その中から目についたファッション雑誌を手に取ってパラパラとページを捲る。大分前に発刊されたファッション雑誌は少し前に流行ったコーディネートを紹介していた。別段面白くも何ともないそれを私は何と無く眺めながら、ただぼんやりと時計の針が進むのを待った。




パタン、と本を閉じる音が唐突に静かな部屋に小さく響いた。その音源の方へと視線を向けて「読み終わった?」と訊けば彼は肯定する様に軽く頷いた。

「結局オチはどうなったの?」
「女が発狂して男を刺し殺した後自殺した」
「面白かった?」
「つまらなくはないが別段面白くもなかったな。良くも悪くも普通と言ったところだ」
「そっか」

クロロが閉じたハードカバーの本をテーブルの上に置いたのを確認すると手に持っていたつまらないファッション雑誌を適当な場所に放り投げ、ベッドの上に手を伸ばして毛布を一枚こちら側に引き寄せる。ずっと前の冬にクロロと選びに行ったブラウンのチェック柄の可愛い毛布。私はそれをクロロと自身の肩に掛けてそのまま彼に甘える様に擦り寄った。

「昔こうやって寄り添ってさ、毛布に一緒に包まったよね」

あの頃包まった毛布はボロボロで、毛布というには頼りなさ過ぎるくらい酷い布切れだったけれど、とそんな思い出話を頭に浮かべる。幼い私たちの手元にはそんなボロ布くらいしか寒さを凌げるものは無く、あとはひたすらお互いの身体を寄せ合って縮こまりながらお互いの体温で暖を取った。懐かしい、そう漏らせば彼も同意する様にその綺麗な長い睫毛が飾られた瞼をそっと伏せた。

「クロロってば本拾ってくると読むのに夢中になってさ、『もう寝よう』って私が声掛けても全然訊いてくれなかったよね」
「そうだったか?」
「そうだよ。だからよく私がクロロと自分の肩に毛布掛けてさ、横に引っ付いて本読み終わるの待ってたでしょ」
「大概読み終わる前に人の肩を枕にして寝てたあれか」

そう言ってクロロはからかう様に小さく笑った。そんな彼に釣られて頬を緩ませながらそのまま身体を少し傾け、彼の肩に頭を預ける。「寝るのか」と彼が訊いてきたから「クロロの本が読み終わったらね」とテーブルに積んであるまだ手を着けてない数冊のハードカバーを指差せば彼は少し困った様に笑って私の手の上に自身の手を重ねて少しだけ握った。その手の温もりが心地好くて思わず目を細める。
こうしてじゃれ合う姿を第三者が見ればきっと私達のことを「恋人」と称すのだろう。現に何度か街中でカップルに間違えられたことやカップル割引の効くカフェでそう偽ったこともあるし、キスやそれ以上の行為をしたこともある。けど違う。私達は「恋人」では無いのだとお互いわかっていた。
私とクロロの関係を一言で表すのは正直難しい。「知り合い」と言うには深過ぎるし「友達」と言うほど和気藹々としていないし「仲間」と言うほど協力してないし「セフレ」と言うほど淡白でもなければ「恋人」と言うほど甘くもない。私達の関係って一体何なのだろう、昔シャルにそう溢したことがある。シャルは少し考えた後、「ナマエと団長って手繋いだまま離れなくなっちゃった、って感じだよね」と言われた。流石旅団の参謀シャルナーク。例えが的確だ、とその時は感動したけれど今ならその例えは少し間違っている気がした。
多分私とクロロは手を繋いだままで居すぎてお互いの一部が混ざったんだ。それで互いが手を離した時に自分の一部が足りないことに気づいてはまた近寄って寄り添って手を繋ぐ。とっくに互いの中で溶けて混ざってしまった互いの一部が戻ってこないことに気づかない振りをしながら、くっついては離れるという不毛な行為を延々と続けていくだけ。馬鹿みたいだ。私も、クロロも。
私はそっと瞼を下ろして彼の肩に体重を掛ける。クロロは私の手を握る力を少し強めて私に寄り掛かる様に少しだけ身体を傾けた。
ねぇ、クロロ。いつか私達が離れて、二度とこの手を繋がなくなる時が来るんだろうね。いつになるんだろう。もしかしたらお互いが死ぬまで訪れないかもしれないし、或いは明日にでも訪れるのかもしれないのかな。きっとそれを決めるのは私じゃなくてクロロ何だろうね。馬鹿な私には貴方と別れた後の未来なんて想像できないからさ。
ねぇクロロ。いつか終わりを迎えるのなら、その時はこうして貴方の肩に寄り添って手を繋いだままで居させて欲しいな。きっと、幼い時みたいに幸せなまま眠れる気がする。

20130930