ふわふわのシフォンワンピースが似合う女の子になりたかった。
可愛らしい小物が似合う女の子になりたかった。
淡い桃色が似合う女の子になりたかった。
私と正反対な女の子になりたかった。

「また失恋かい?」
「……」

バーのカウンターの端でウィスキー片手に突っ伏していた私に誰かが声を掛けた。それが誰かなんて確認せずとも分かる。この状態の私に声を掛ける物好きなんてこの広い世界で一人しかいないから。

「……話掛けないでくれる?」
「今回の相手は誰だい?あの善良そうな一般人の青年かい?」
「……」
「図星みたいだね」

ヒソカはくくっ、と喉を鳴らして笑い、カクテルグラスに口を付ける。もう何度目だろうか。こいつは不思議なことに私が振られる度に私の元にやってきてはにやにやとした笑みを浮かべてからかったり、呆れたり、慰めたりする。
私はゆっくりと身体を起こし、美味しくも無い、ただ酔いたいがために頼んだウィスキーを口にする。やっぱり不味い。なんでこんなもの頼んでしまったのだろう。そう思ってたらヒソカが自分の飲んでいたカクテルを「飲む?」と言ってそっと差し出した。私はそれを無言で奪い取って一気に飲み干せばヒソカはにやにやと笑って私の頭を撫でる。気持ち悪い、そう吐き捨てる様に呟けば「流石のボクも傷付いちゃうよ」なんてそんなこと思ってる様に見えない顔をしてヒソカは言った。

「今回はどんな風に振られたんだい?」
「……別に、勝手に片想いして勝手に失恋しただけよ」
「好きな人に恋人でも出来た、って解釈で合ってるかい?」

何でこいつこんなに鋭いの。思わず顔を逸らせば「図星?」なんて言ってヒソカは笑う。
私が好きになった人。とても優しくて誠実で善良な一般人。対する私は表じゃ言えない様な仕事を生業とする性格と底意地の悪い駄目人間。釣り合う訳がなかったし、結ばれたいなんて望みはしなかったが少しだけでいいから彼の傍にいたかった。だから私は仕事のことも底意地の悪い性格も全て隠して彼と友達になった。それだけで幸せだった。
そんな中、先日彼に恋人ができた。小柄で、可愛くて、桃色のふわふわとしたシフォンワンピースと左手の薬指に輝くハートのモチーフの指輪がよく似合う愛らしくて私と正反対な極々普通の女性だった。彼は幸せそうだった。彼女も幸せそうだった。私の恋はあっさりと終わった。涙も出なかった。

「前の恋人は本職バラしたら逃げられて、その前の恋人は浮気されたから殺しちゃったんだっけ?キミは男運が無いというか見る目が無いというか…」
「うるさい」

まだグラスに残っていた美味しくも無いウィスキーに口を付けて傾ける。
前の恋人も一般人だった。普通の会社員だった彼、この人となら結婚してもいいかもしれない、そう思えた。でもまぁ、仕事の話をしたらたった一夜で逃げられたのだけれど。一般人に殺し屋という仕事は刺激が強すぎたらしい。
その前の恋人は職種は違えど私と同じ、世間ではあまり受け付けられない仕事をしている人だった。一般人とは違う、私と同じ世界の住人だったので一緒にいて凄く楽だったのは憶えている。というかそれしか憶えてないしあんまり思い出したくない。浮気されて、怒って、問い詰めた時に彼は私に言った言葉がいやに鮮明に残っているからだと思う。「お前は可愛いげが無いからつまらないんだよ」という言葉。彼と浮気をしていた女は見ただけで可愛らしいとわかる様な私と正反対な人間だった。

「キミの外見は可愛らしいというより綺麗な部類だ。しかも気が強くて人に頼るのが苦手で甘えるのも下手で可愛らしく無知を装うことも弱さを偽ることも出来ないキミは、およそ一般的な可愛らしい女性像とは離れた性格をしてる」

だからキミにはふわふわのシフォンスカートも桃色の小物も似合わない、とヒソカはそう私の耳元で囁く。
全部事実で、全部図星で胸が苦しくなった。酒のせいだろうか、目頭がじんわりと熱くなる。
私が可愛い女の子になんてなれないのはわかってるし、理解してる。しかし何故ヒソカに言われなければならない。ヒソカは私の恋人でも何でもない。私が落ち込んでる時にちょっかいを掛けてくるただの意地の悪い知り合い程度の人間じゃないか。

「もう、ほっといてよ」

そう言って席から立ち上がり、ヒソカに背を向ける。
もう知らない、このバーにだって二度と来ない。さようなら。そのまま立ち去ろうとすれば不意に誰かに腕を掴まれ、強引に腕を引っ張られてそのまま抱き止められた。誰かなんて見ずともわかる。

「なんなの、ヒソカ」
「可愛いげの無いキミを可愛いと思ってる人間が直ぐ傍にいることをお忘れなく」

そう囁かれて行き掛けの駄賃の様に耳に小さくキスを落とされた。暫く頭の中が真っ白になった後、言葉の意味を理解して頬が一気に赤くなる。違う、これは酒のせいだ。ヒソカのせいなんかじゃない。
もういいや。片想いしてた彼も、私から逃げた彼も、浮気した彼も全部忘れてしまおう。可愛い女の子になるのも諦めよう。そして次こそ幸せになるために目の前の性悪ピエロを好きになることから始めてみようと思う。

20120411